2023.01.20
# 音楽

山ほど「クラシック音楽入門書」を書いた男がたどりついた「クラシックに入門してもらうための“奥義”」とは…?

クラシック音楽の入門書を数多書き続けてきた許光俊氏が「さすがにこれでおしまい」と語る新刊はじめてのクラシック音楽』の刊行に際し、長年の執筆経験を通してたどりついた「人をクラシックに“入門させる”奥義」「入門書を書く奥義」を明かす。

入門書を馬鹿にしてはいけない

恥の多い人生を、いや、入門書を多く書く人生を送ってきました。さすがにもう、クラシック全般に関してはこれでおしまいにしようかなと思っているのが、『はじめてのクラシック音楽』(講談社現代新書)である。

大学の世界では、専門書の執筆以外は価値を認めないような頭の固い人もまだたくさんいると思うけれど、そういう人が呼ぶところの「啓蒙書」の類を馬鹿にしてはいけない。限られた量や高すぎない難易度の中で、どれくらい本質を表現するか。経験の蓄積、見識の確かさが求められるのだ。

セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)【PHOTO by Getty Images】

プロコフィエフという20世紀の作曲家が『ロメオとジュリエット』というバレエ音楽の傑作を書いている。若いプロコフィエフは、やる気満々の当時としては前衛的な音楽を書こうとした。若いのだもの、気張っていて当然である。革命で騒然となったロシアを離れて外国で暮らしていた彼は、やがてソヴィエト連邦となった母国に帰還した。

もう前衛魂で突っ走ることはできない。社会主義国では、ややこしい曲は喜ばれない。労働者を楽しませ、教化するのが芸術の大きな目的だからだ。そこで、あえて音の数を削りに削り、しかし独特の美しさや、ドラマティックな強烈さを持つ『ロメオとジュリエット』のような音楽を書いたのだ。

それは、最初から単純な音楽しか書かなかった人の曲ではなく、山ほどの経験と類まれな能力がある人だからこそ書けた単純簡潔にして濃密な名曲なのである。入門書とは、そういうもの、そうであるべきものです。私がプロコフィエフほど偉いかは別として。