海上保安官にも小馬鹿にされ、やがて口を閉ざした「転覆事故の生還者」たちが語らなかった「深い疑念」

第58寿和丸。2008年、太平洋上で碇泊中に突如として転覆し、17人もの犠牲者を出す事故を起こした中型漁船の名前である。事故の直前まで平穏な時間を享受していたにも関わらず起きた突然の事故は、しかし調査が不十分なままに調査報告書が出され、原因が分からず「未解決」のまま時が流れた。

なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。

ジャーナリストの伊澤理江さんが、この忘れ去られた事件の真相を丹念な取材で描いた『黒い海 船は突然、深海へ消えた』から、関係者が身近な人に漏らしていた「ある証言」を聞き取る場面をお届けする。(全18回の第17回)

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ショックで過呼吸を起こし、病院に運ばれた妻

第58寿和丸の乗組員、阿部和男は51歳で帰らぬ人になった。阿部の自宅は、宮城県石巻市の渡波地区にある。

2021年11月、私は阿部の自宅に向かった。JR石巻駅からローカル線の車両に乗って海沿いに進む。この辺りは東日本大震災で高さ8メートル前後という想像を絶する津波に襲われた。大震災から10年。線路沿いには真新しい、背の高い防潮堤が続く。大震災を機に建て直したという阿部の自宅は、モダンな造りの戸建て住宅だった。

Photo by iStock(画像はイメージです)

妻の恵子は60歳。

事故を告げる酢屋商店からの電話は午後2時ごろだった。

「片付けをしながらテレビを見ていたら、お父さんの船の行方が分からないって電話があって。えーって、びっくりして。行方不明だか、沈没って言ったかな。信じられなくて」

恵子はショックのあまり過呼吸を起こし、救急車で病院に運ばれた。

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