270種類、37兆個ともいわれる、人間の細胞。細胞の核のなかには23対の染色体があり、DNA(デオキシリボ核酸)はその染色体のなかに収納されています。膨大な量の遺伝情報が書き込まれたDNAの影響によって、私たちは、たとえば両親と顔が似ていたり、特定の病気にかかりやすくなったりといった、現象に遭遇することになるわけです。DNAはいわば、生命の設計図ともいえるでしょう。
さて、さまざまな生命現象を担うDNAですが、その基本的な構造は案外シンプルです。そのシンプルな構造のどこに、複雑な遺伝情報が収められているのでしょうか? 今回はDNAと、その核となる塩基配列の関係や、そうした構造的な特徴からできた表記の「ルール」についても見てみます。
*本記事は『新しいゲノムの教科書――DNAから探る最新・生命科学入門』を一部再編集の上、紹介しています。
すべての細胞は個体の全情報を持っている
受精卵は成熟個体のすべての細胞の情報を保持しており、その情報は細胞が分裂するたびにコピーされていくので、基本的にはすべての体細胞が(核の中に)もとの受精卵と同じ全情報をもっている。

また、単に個々に分化した細胞の情報をもっているというよりは、未分化状態の細胞が分裂を重ねて、体づくりを行っていく指示書(プログラム)という形でもっているので、それをうまく起動できさえすれば、任意の細胞から、複雑な多細胞の個体を再生できることになる。
先の記事(〈いまさら聞けない…「遺伝子」「DNA」「ゲノム」って、それぞれ結局どういう意味ですか…?〉)でも触れたが、この情報のことを、ゲノム情報、あるいは単にゲノムという。すなわち、ゲノムとは、(厳密な定義は難しいが)ある生物がもっていて、その生物をその生物たらしめる全遺伝情報の一揃えと定義される。
父母からの遺伝情報はどのように受け取るか
遺伝情報という言葉をはじめて使ったが、要するに細胞が分裂するたびに、あるいは生殖によって、親から子に伝えられる情報という意味である。
一揃えとわざわざ断ったのは、実は私達ヒトは二倍体とよばれ、その体細胞にはそれぞれ2セットのゲノムが備わっているからである。すなわち、受精卵は父親由来のゲノムを精子から、母親由来のゲノムを卵子から、1セットずつもらうので、これが分裂してできる体細胞は合計2セットのゲノムをもつことになる(図「半数体と二倍体」)。

通常の体細胞とは違う生殖細胞の細胞分裂
精子や卵子という生殖細胞といえども、もとは受精卵が分裂してできたものであるが、生殖細胞を形成する細胞分裂は減数分裂という通常の体細胞分裂とは異なる特別な方法で行われる。
減数分裂のときには、父親由来の遺伝情報と母親由来の遺伝情報が混ざり合った1セットのゲノムをもった生殖細胞が作られる。以下で述べるように、ゲノムは核内で複数の染色体に分かれた形で存在しているので、生殖細胞において、染色体数が体細胞の半分になる(図「体細胞分裂と減数分裂」)。

これを単数体(ハプロイド、半数体)とよび、両者の染色体数を、それぞれn、2nと書いて区別する。
植物の世界では、コムギのように異なる祖先由来の3種類のゲノムをもつ6倍体の生物も存在するが、その場合でも、体細胞と生殖細胞の染色体数の関係は同じで、それぞれ2n、nと表記されるので注意が必要である。
このようにゲノムとは、ある意味で抽象的な概念であるが、実体としては、何がそれに相当すると言えるだろうか?