2023.01.24

『クラシエ』の社長が赤裸々に語る、旧カネボウで見た「破綻の瞬間」…直前まで何も知らされていなかった

正直に言うと、今回取材した企業である『クラシエ』という名前を知ったのは3年ほど前だ。その際にも「破綻したカネボウ」を引き継いだ会社と聞いて、そうなんだと初めて知ったことを思い出す。

日本を代表する企業であった『カネボウ』はなぜ破綻して、そこからどう生まれ変わったのか。その再生のキーポイントは何だったのか。クラシエホールディングスの岩倉昌弘社長に聞いた。

『カネボウ』が破綻するまで

1887(明治20)年に東京綿商社として創立したカネボウは、繊維や化粧品や食品など「ペンタゴン(5角形)経営」と呼ばれる多角化経営で日本を代表する大企業となった。

しかし繊維事業が衰えるなどして業績が悪化して債務超過に転落し、2004年に経営破綻。元社長を含む元取締役3名が粉飾決算をしたとして証券取引法違反の疑いで逮捕された。破綻した時に大阪支店の販売部長をしていた岩倉氏は、当時のカネボウの実態をこう明らかにした。

「売上を作るために卸店さんに無理をお願いして商品をぶち込んで、売れるような商品じゃないんですよ。それを毎回続けるわけです。

声を上げて『こんなん無理ですよ』と言っても『やれ、お前らそれができなかったら会社潰れるぞ』とか。『出来ません』と支店長に言ったら『会社潰す気か』と本当に言いましたから。『お前だろ』と言いたかったですね。そんなことずっとやっていたので『もうこの会社はダメだな』と正直思いました。

我々当時40歳ぐらいですよね。その上の世代、50歳ぐらいの世代と私以下の感覚はたぶん違っていたでしょうね。上は『この会社は絶対潰れないから大丈夫』と言うのです。

『国策企業』『国が守る』『これだけの雇用が一斉になくなれば社会問題になるから』と本気で言っているのですよ。我々は違うのです、『こんな会社、絶対潰れるわ』と。もうめちゃくちゃしていましたからね」

クラシエ ホールディングス・岩倉昌弘社長(撮影:春川正明)クラシエ ホールディングス・岩倉昌弘社長(撮影:春川正明)
 

当時のカネボウは、本社から社長が支店や工場に来る時には、支店長は「本社の方がお見えになる」という言い方をしていたという。

「工場に当時の社長が来ることになると、秘書室から別予算を立てて『工場を綺麗にしろ』という指示がまず出てね、それもすごい予算がついたらしくて。赤い絨毯が入り口からずっと敷かれていたという。そんなことをずっとしてきた会社ですよ」

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