「負ければニュースになる」ほど強い藤井聡太五冠。果たして史上最年少名人記録は更新されるのか? 現記録保持者の谷川浩司・十七世名人が、さらなる進化を続ける藤井将棋と過酷さを増す将棋界のいまに迫るとともに、棋士・将棋界にとっての「名人」とはなにかを自らの経験も含め明かした著書『藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道』。注目の章をピックアップ連載!
<【前編】藤井棋士の“勝ち”がすごいワケーー相手の得意戦法を避けない常に自力勝負>より、引き続き藤井棋士のすごさを徹底解説。
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藤井聡太の実力はAIによるものではない
藤井さんはAIを利用して強くなったと思っている人がまだ多いが、決してそうではない。
彼は自分の力で考え抜いて強くなった。そしてトップ棋士相手にじっくり集中して考えることのできるタイトル戦を重ねることで、より強くなっている。そのことは強調しておかなければならない。

特にタイトル戦の序盤で長考を重ねたことは大きい。例えば、名局とされた2022年1月の王将戦第一局。相居飛車の相掛かりから持久戦になり、先手の藤井さんが四十一手目で▲8六歩(先手は▲、後手は△)と突いた手に控え室がざわついた。
8一には渡辺王将の飛車がいる。最強の駒がいる筋の歩を突けば目標にされやすい。平成の時代には最初から考えない手である。ただ、部分的に疑問手でも、自陣と相手陣による全体的な布陣で成立する手があることが徐々に将棋界全体で理解されてきた。
藤井さんの▲8六歩はその象徴である。今後、序盤で藤井さんの新構想、新手が繰り出されるかもしれない。