「負ければニュースになる」ほど強い藤井聡太五冠。果たして史上最年少名人記録は更新されるのか? 現記録保持者の谷川浩司・十七世名人が、さらなる進化を続ける藤井将棋と過酷さを増す将棋界のいまに迫るとともに、棋士・将棋界にとっての「名人」とはなにかを自らの経験も含め明かした著書『藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道』。注目の章をピックアップ連載!
常に将棋の傍にいる
通算勝率8割超というペースで勝ち続けている藤井さんにとって、約170人の現役棋士の中で苦手意識を持つ特定の棋士はいるのだろうか。
対局数が最も多い豊島九段には、藤井さんが公式戦デビュー以来、6戦全敗していたが、2021年1月の朝日杯本戦で初勝利してからは、すでに見たように王位戦で4勝1敗、叡王戦で3勝2敗、竜王戦で4勝0敗、翌年の王位戦で4勝1敗と藤井さんが圧倒している。
2022年10月現在の対戦成績は藤井さんの18勝11敗。2人は今後、何度も公式戦で顔を合わせることになる。おそらく豊島さんの巻き返しもあり、その中で少しずつ妥当な値に近づいていくだろう。
いまはすべての棋戦で、藤井さんが優勝者の最有力候補になる。見方を変えれば、藤井さんの挑戦の可能性を消した棋士は、その時点で挑戦者候補である。
例えば、2022年の王座戦本戦1回戦で藤井さんを降した大橋貴洸六段が、挑戦者決定戦まで勝ち進んだことは何の不思議もない。最後は豊島さんに負け、挑戦は逃したが、いまの藤井さんに勝つということはそれだけの価値があるし、藤井さんはそれだけの存在になっているということである。

藤井さんと対局した大橋さんは、こんな感想を述べている。
「対局して感じるのは、常に将棋の傍にいるのではないか、ということ。盤を挟んで向かい合っていて、ふと藤井さんはきっと日常もこれと同じ感覚で過ごしているのでは……と感じる瞬間があるのです。常に将棋と一緒にいるといいますか。プロでも24時間将棋のことを考え続けるのは難しいですが、その辺りが、強さの原点ではないかと思います」(「週刊新潮」2021年12月30日、2022年1月6日号)
藤井さんの強さの源を示唆する言葉である。