前編<藤井聡太を追い詰めた男、豊島九段との歴史的一戦を振り返る――終了後、2人の心に残ったのは?>より、引き続き藤井聡太を取り巻く棋士たちとの攻防を徹底解説。
若手ホープの追い上げ
藤井さんと同学年の伊藤匠五段は、急速に力を付けた若手のホープだ。小学生時代、2人はライバルとして知られ、大会で伊藤君に敗れた藤井少年が号泣したこともあったという。

17歳でプロ棋士になった伊藤君は10月生まれで、7月生まれの藤井さんよりも3ヵ月生まれが遅い。2022年10月に17歳の藤本渚君が新四段になるまで現役最年少棋士だった。
2021年度の新人王戦で棋戦初優勝を飾り、王位戦予選では永瀬拓矢さんを降して、初の挑戦者決定リーグ進出を決めた。順位戦では9勝1敗の好成績でC2からC1に一期で抜けた。2021年度の年間勝率は8割1分8厘(45勝10敗)と、藤井さんの8割1分3厘を抜いて1位に躍り出た。確かに指し回しはしっかりしていて、弱点も見当たらない。
2022年6月の棋聖戦一次予選の伊藤匠―石田直裕戦には驚かされた。
持ち時間は1時間で角換わりの最新形になったが、84手目まで三分強しか使っていない。伊藤君の指し手は42手だから1手わずか5秒ほどの計算になる。AIを駆使して、最新形とともに対戦相手のことも調べ尽くしていることがよくわかった。
その戦型を調べているということは、その他の戦型のさまざまな展開も研究していることが推測できる。初見の局面になっても、正確に対応できる強さもある。結局、対局は112手、消費時間25分ほどで伊藤君が勝った。
伊藤君が新人王を獲得した時、師匠の宮田利男八段が、表彰式で、「同い年の4冠と25歳までにタイトル戦で戦う時が来る」と激励した。当時19歳だったから、6年以内に藤井さんとタイトル戦で戦うと予言したわけだ。現在の快進撃を見ていると、6年もかからないような気がする。
もちろん、伊藤君と藤井さんは同い年でも、現状では実績に大差がある。
ただ、例えば中原誠先生と米長邦雄先生は、まさにライバル関係だった。米長先生が4歳上で、初タイトルは中原先生が20歳で米長先生は30歳だった。初タイトルの時期にそれだけ差があっても、2人はライバル関係になったのだから、藤井さんと伊藤君もいまは実績に大差があっても5年後はわからない。
実際、伊藤君はタイトル戦に登場しても驚かないほどの力をすでに身につけている。これからどんどん勝ち上がっていっても不思議はない。いつの段階でタイトル戦に出てくるか、楽しみな存在である。