『にこたま』そして『1122(いいふうふ)』で、現代に生きる夫婦のあり方を問い続け、多くの支持を受けて来た渡辺ペコさん。最新作『恋じゃねえから』(モーニング・ツーWEBにて連載中)もまた、今私たちが生きる日々と直結する「創作と性加害をめぐる問題作」(帯より)だ。最新2巻が発売されたのを記念して、渡辺ペコさんと、漫画家のよしながふみさんの対談を敢行。
よしながさんが本作同様「シスターフッド」について『環と周』(『ココハナ』で連載中)で描いたことから、友情について、誰かを大切に思う気持ちについて掘り下げるとともに、「創作」という行為のはらむ「恐ろしさ」について、さらにそれぞれの創作方法の違いも語られる。創作者として活躍し続ける2人ならではの濃密な対話をお届けする。
中編【渡辺ペコ×よしながふみ 容姿端麗がいい?マンガで「容姿」をどう扱うか】から続く、後編です。

取材・文 門倉紫麻
「創る人」は「力」を持つ人
――『恋じゃねえから』は帯に「創作と性加害をめぐる問題作」とあるように、創作のために誰かを傷つけても許されるのか――という問題に踏み込んでいます。ご自身も創作者である渡辺さんが、創作の持つ加害性・暴力性を描くことに強い覚悟を感じます。
渡辺ペコ(以下、渡辺):ありがとうございます。創る人というのは「手段」を持っている人だと思うんです。売れているかとか著名かどうかを置いておいても、自分の名前で書く場所がある人、ですね。そういう場所がある人は「力」を持っているんだな、と。私もそれを自覚しなければいけないと思うようになりました。報道でクリエイターが明らかな性加害やパワハラをしているのを見ると「糾弾されてしかるべき!」と思うんですけど、同時に自分もわからないなと……。加害とははっきり言えない、身近な人のことを勝手に公開するようなことは自分にもできてしまう。そこに対して注意深くいたいなという気持ちがあります。


よしながふみ(以下、よしなが):そのテーマは本当に深淵というか……恐ろしいことです。だって、今もしているかもしれないですしね。「いいじゃない、悪く描いてないんだから!」とか「フィクションだし名前も全然違うでしょ?」と言っても意味がない。
渡辺:そうですよね。
よしなが:法律としてどうこうという問題じゃないとしても、その人との関係は破壊されるかもしれない。そういう恐ろしいことを、何十年もやってきたのだなと思います。
渡辺:今お話を聞いていて思ったんですが、私は誰かをモデルにしたものや私小説的なものは描いていないけれど、誰かとの関係や誰かの言葉、振るまいのような断片が集まって私のマンガはできているんですよね。変換して描いていたとしても全くそれが出ないことはない。そう考えると、自分は大丈夫ですとはやっぱり言えないなと思いました。
よしなが:そうですよね。
