ユダヤ人絶滅政策は、哲学者ハンナ・アレントが「全体主義」と名づけ、生涯をかけて対決した人間破壊の現象だった。
「全体主義」とは何なのか。今も再来する危険はあるのか。
アレントの思想を現代に応用する入門書、現代新書100(ハンドレッド)『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』を見てみよう。
(本記事は『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』から抜粋したものです。)
「全体主義」の特徴は「運動」であること
「全体主義」という言葉は普通、ヒトラーのナチス・ドイツやスターリン時代のソビエト・ロシアのように、独裁的な人物を指導者と仰ぐ政党が排他的なイデオロギーに基づいて支配する政治体制に対して用いられる。
政治学などでは、単一政党による軍や官僚の統制、マス・メディアなどを通じた社会・経済の一元的・全面的な支配がその指標とされているが、アレントは全体主義の特徴を何よりも「運動」に求めている。
幅広い国民大衆を巻きこんだ「運動」が強大化して政治権力を掌握したあかつきには、旧体制の官僚や軍指導者、政界・財界の指導者でこれに従わないものは粛清され、野党の抵抗は徹底的に弾圧される。排他的なイデオロギーに基づいて敵対勢力とされた集団は逮捕されて収容所に送られる。
社会の隅々にまでおよぶこうした支配は、経済的な破局や自滅的な戦争によってやがては自らの体制そのものを破壊する。ユダヤ人の強制収容所での大量虐殺はその終着点であった。