2023.02.01

直木賞受賞『地図と拳』、「満洲」をめぐる“歴史考証”のプロセスが圧巻だった…! 考証者が語る創作秘話

日本SF界の注目作家・小川哲による巨編歴史小説『地図と拳』が第168回直木三十五賞を受賞した。日露戦争後からの半世紀、満洲​のとある町という絶妙な舞台で、歴史・地理・風俗・文化の背景が緻密に描かれ、そこにダイナミックなドラマが展開するこの作品は、一読した読者を強力に惹きつけている。

この壮大な歴史ドラマはいかにして作られ得たのか。実は、作品の歴史考証には、ある中国史研究者が協力していた。『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)の著者である澁谷由里氏がいま語る、創作と考証をめぐる秘話。

 

作家の「ツボ」を衝いた? カルト集団事件の研究書

第168回直木三十五賞受賞作『地図と拳』(集英社刊)の歴史考証を、『小説すばる』での連載開始前から単行本刊行までの約4年間、筆者は手がけてきた。「満洲もの」を書きたいと志した著者の小川哲氏が、拙著を読まれて、担当編集者とともに筆者の研究室を訪ねてこられたのがすべての始まりであった。2018年3月22日のことである。

その時は、あれほど壮大な長編小説に関わることになるとは、筆者は思ってはいなかった。当初は「馬賊の生活・満洲の風俗について」の参考資料の相談とのことだったので、そのような心づもりで関係する文献を用意していたところ、義和団事件(1900-01)直前から話を始める予定だとわかり、あわてて頭を切り替え、同事件関連の研究書や史料、あるいは長いスパンで使えそうな参考文献として『20世紀満洲歴史事典』(貴志俊彦ほか編、吉川弘文館)などを紹介した記憶がある。

さらに「義和団関係や『満洲』もの以外でも面白いものはありませんか?」と小川氏から問われ、義和団とならぶ中国のカルト集団・拝上帝会による太平天国の乱(1851-64)を思い出し、ジョナサン・D・スペンス『神の子 洪秀全 その太平天国の建設と滅亡』(佐藤公彦訳、慶應義塾大学出版会)の現物をお見せした。

これに小川氏は大きな関心を寄せられ、のちに作品のなかで生かしてくださった。スペンスはもともと戯曲作家でもあり、状況が眼前に浮かぶような歴史叙述をするので、小川氏の作家としての「ツボ」にはまったのかもしれない。

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