日本の外科が危機的な状況を迎えている。
厚労省のデータによると、2004年に約1万8000人いた外科医は2020年には約1万500人までに激減。さらに深刻なのは、2004年段階で43歳だった外科医の平均年齢は、2020年には50歳にまで上がっているのだ。

グラフ提供/河野恵美子

外科医の労働環境は過酷だ。長時間の手術を何件もこなし、担当する患者の容態が急変すれば深夜週末に関係なく呼び出される。こうした労働環境に女性医師は外科を目指していても途中でキャリアを断念し、今では男性も含めて外科を選ばなくなっている。医師の数は全体では増えているものの、若い世代ほどワークライフバランスが取りやすい科を選ぶ傾向にある。

この状況が続けば、必要な手術でさえ受けにくくなる将来が来るーー大阪医科薬科大学の一般・消化器外科の河野恵美子さんはこの外科の危機的な状況に警鐘を鳴らしている。救世主となるのは女性。外科医の男女比は、男性93.8%、女性6.2%。つまり、女性の数を増やすことができれば、高齢化や人数減少に歯止めをかけることができる。そのために河野さんは外科全体の労働慣習を変え、女性が外科医を選び、働きやすくなるための活動を続けている。ジャーナリストの浜田敬子さんが河野さんに取材、現状を伝える前編では、女性の外科医の現状と、河野さんが出産したときのことをお伝えする。

取材に応じて下さった河野恵美子医師 
 

出産時期とキャリア選択が重なる

複数の医学部で女性学生や浪人生を不利に扱う、いわゆる医学部不正入試が明らかになったのは2018年のことだ。不祥事の背景として、女性医師が増えると外科などの長時間労働の職場を避ける傾向が強いことから「現場が回らなくなる」というような声が聞かれた。不正入試問題を受けて2018年10月に開かれたシンポジウムでは、日本の医師1人当たりの外来患者数がOECD平均の2.3倍という現実も指摘された。

本来解決すべきは医師の過酷な労働環境であり、入口で女性を差別することではないはずなのに、長らく医師の労働環境には手がつけられてこなかった。
そんな環境の中では特定の科に希望は集中する。河野さんが厚労省の統計をまとめたグラフによると、比較的ワークライフバランスが取りやすい麻酔科や放射線科、精神科の医師数は伸びているのに、産科、外科は横ばい状態だ。その結果が冒頭の外科医師の激減と高齢化に繋がっている。

さらに前出のシンポジウムで発表されたのは、全体で21.1%を占める女性医師の偏在ぶりだった。皮膚科が47.5%、眼科が38.3%と比較的多い一方で、外科は5.5%(2016年厚生労働省調査)。外科医の中で女性医師の割合は増えているものの、これは全体数が減少しているためで数自体は減っているという。

診療科別医師数の推移 グラフ提供/河野恵美子

日本外科学会のアンケートによると、女性外科医の第1子の出産平均年齢は33.1歳、第2子は35.3歳。厚労省の統計によると、女性の外科医数は30ー34歳が最も多く、その後急速に減少する。つまり出産後、外科医を続けることを断念していると言える。

河野さんによると、30代前半は医師のキャリアにとって重要な時期なのだという。20代で心臓や消化器とさまざまな科で研修を受け、日本外科学会の専門医を取得し、30代はサブスペシャリティ領域の専門医を取得するために多くの症例をこなさなければならない。にもかかわらず、

「私の周りには出産を経て第1線で働いている女性外科医はほとんどいませんでした。この環境を変えたいと活動の始めたのです」(河野さん)