空に浮かんだ「中国との冷戦」の象徴
青空に浮かんだ白い気球は、1発のミサイルで吹き飛んでしまった。米国の人々は、このシーンを「中国との冷戦」の象徴として、長く記憶するだろう。アントニー・ブリンケン国務長官は予定されていた中国訪問をキャンセルした。米中冷戦が今後、激化するのは必至だ。
それは、どこか「現実離れ」すら感じさせた映像だった。
日本人の私がそうなのだから、米国人には、なおさらだったろう。今回のスパイ気球は「得体の知れない中国という国」の不気味さと脅威を初めて、具体的に米国人に実感させたに違いない。

米国はこれまで多くの戦争を戦ってきた。だが、直近ではアフガニスタンもウクライナも「遠い場所」の戦争である。それに比べて、スパイ気球がもたらす脅威は、はるかに小さいものの、衝撃度はおそらく上回る。多くの米国人が安全と信じて疑わない「米国の空」にも、中国がその気になれば、軍事行動を仕掛けることができることを実証してみせたからだ。
思いもよらない事態が巻き起こした興奮は、気球襲来の第1報が伝わったときから始まった。
モンタナ州では、2月2日から目撃情報が広がっていた。NBCの速報を受けて、国防総省が「中国のスパイ気球が飛んでいる」と認めると「なんで撃ち落とさないんだ。政府がやらないなら、オレが撃ち落としてやる」と息巻く住人が続出した。群保安官事務所が慌てて「ライフルで撃っても、弾はとどかない。地上に落ちてくるだけだ」とSNSに投稿せざるをえなくなったほどだ。
4日に気球が撃墜されると、ツイッター上には「やった!」「USA!USA!」といった歓声が上がり、拍手が巻き起こった。ジョー・バイデン大統領は7日の一般教書演説で「もしも中国が我々の主権を脅かすなら、我々は国を守るために行動する」と宣言した。

かつて、1960年5月に起きた旧ソ連による米国の偵察機「U2機撃墜事件」は米ソ冷戦の激化を招いた。翌61年に「ベルリンの壁」が作られ、62年には核戦争の一歩手前までいった「キューバ危機」が起きた。今回のスパイ気球は、まさに「台湾侵攻」危機が迫るなかで起きた。米中冷戦が一段と緊迫化するのは避けられない。
議会では、民主党と共和党の議員が中国への強腰姿勢を競い合うように、中国を非難した。なにより見たように、普通の国民が怒っている。米国では、新型コロナ問題で反中感情が高まっていたが、今回のスパイ気球は火に油を注ぐ形になった。