本連載では顕微鏡サイズの「ロボット」や「人工知能(AI)」の研究現場を取材しています。材料にタンパク質や核酸(DNAやRNA)、脂質など私たちの体にもある物質を使い、生物の優れた構造や機能を真似して、新しい技術を生みだそうとする試みです。それらは「分子ロボット」や「化学AI」とも呼ばれています。
一方、最近は「顕微鏡サイズ」を離れつつある分子ロボットも登場しています。生命が細菌のような単細胞生物から、私たちのような多細胞生物へと複雑化し、大型化してきたように、分子ロボットも進化しつつあるのです。
前回は長さ数ミリメートルのナメクジに似た「スライム型分子ロボット」を紹介しました。今回は「多細胞化」の最前線に迫ります。
大きいことは、いいことか?
私たちのような多細胞生物は、約10億年前に登場したとされています。生命が誕生したのは約40億年前と考えられていますから、30億年くらいの間、地球には単細胞生物しかいなかったことになります。
そんなに長い間、単細胞でやってきたのなら、そのままでもよかったはずなのに、なぜあえて多細胞になるものが進化してきたのでしょう? 大腸菌や酵母などに比べて、私たちには何か優れた点があるのでしょうか。改めて考えてみると、意外にすっきりした答えは出てきません。

もう半世紀以上前ですが「大きいことは、いいことだ」というキャッチコピーが、チョコレートのテレビコマーシャルに使われて流行りました。単細胞生物から多細胞生物への進化が起きたのも、大型化にメリットがあるからだと考えることはできます。大きければ大きいほど、捕食されにくいからです。
じゃあ単細胞のまま大きくなればよかったのかというと、そうもいきません。生きていくためには栄養など様々な物質を体内に行き渡らせなければなりませんが、単細胞生物の場合、それは拡散(自然に薄まりつつ広がる)にほぼまかせています。仮に細胞の半径が10倍になったら、表面積は100倍、体積は1000倍です。拡散では、とても追いつきません。
一方、多細胞生物の場合、個々の細胞は小さいままなので、それぞれに物質を運ぶシステム(例えば血管)さえあれば、ゾウやクジラくらいまでは大きくなれるわけです。また多細胞なら、ちょっとどこかをかじられたり、傷つけられたりしても、死ぬのは一部の細胞だけです。しかし単細胞の場合は、全体の死となります。
協力と分業で効率化を図った?
「3人寄れば文殊の知恵」ということわざもありますね。協力し合えることは重要でしょう。実際、細胞が集まることで、単体でいるより最大100倍も効率よく泳げるという研究が、2020年に東北大学から発表されています。

また「餅は餅屋」と言ったりしますが、分業できることも大切です。単細胞生物は餌を手に入れるのも、敵から逃れるのも、分裂して子孫を残すのも、全部、1つの細胞でやっています。私たちの場合、子孫を残すのは「生殖細胞」に任されています。それ以外の「体細胞」は、もっぱら生命を維持していく活動に専念しています。
体細胞は次の世代に引き継がれません。それでも餌探しに加わらない生殖細胞を守り、食べさせてやっています。つまり分業です。大事なのは遺伝情報が伝わることだと思えば、そのほうがエネルギーの使いかたとしては、効率がいい場合もあるのです。餅をつくる人と餅米をつくる人は、分業したほうがいいのと同じでしょう。
進化するほど、こうした分業は進み、体細胞自体も感じたり、考えたり、動いたり、消化したり、といった専門家に分かれていきました。このおかげで私たちは細菌などにはできない複雑な仕事もこなせるようになり、とくに餌の少ない環境下などでは適応しやすくなった可能性があります。
このように多細胞生物の利点は色々と考えられます。しかし、どれをとっても、単細胞生物の圧倒的な増殖力や、幅広い環境条件への適応力などに勝るほどなのかどうかは、はっきりしません。