独特な進行をする梅毒の病態
梅毒の症状は、俗に「3週・3ヵ月・3年」と言われ、第1期・第2期・第3期のステージごとに、異なる病態を示しながら進行するのが特徴です。
性行為の際、生殖器・口腔・肛門(男性同性愛者に多い)の粘膜や小さな傷から侵入した菌は、粘液中をくねくねと泳いで粘膜上皮にたどり着き、菌体表面の接着タンパク質(アドヘジン)を使って、上皮の表面にくっつきます。このアドヘジンは、タンパク質分解活性も持っていて、組織を破壊しながら体内に侵入します。
第1期:小豆ほどの大きさのしこり
その後、平均3週間(1〜14週)の潜伏期を経て、侵入部位には小豆ほどの大きさのしこりが現れます。初期硬結または硬性下疳(こうせいげかん)と呼ばれる、第1期梅毒に特徴的な病変です。触れると硬く、押してもほとんど痛みはありません。最初は少し盛り上がった赤い発疹ですが、すぐに中央がつぶれて潰瘍を生じ、透明な液体が滲み出します。この滲出液には病原体が存在し、他人に伝染しやすい状態です。
硬結が出た後、足の付け根の鼠径リンパ節が腫れますが(横痃)、圧迫しても痛みは感じません。その後、3〜12週間で硬結は姿を消し、一見すると完全な健康状態に戻ります。このため、患者本人が気づかないこともよくあります。
第2期:バラ色の赤い発疹
感染から3ヵ月(12週)頃には、梅毒トレポネーマは血流に乗って拡散し、バラ疹と呼ばれるバラ色の赤い発疹が、手のひら、足の裏、体幹部などに、ほぼ左右対称に出現します。これが第2期梅毒です。微熱や倦怠感も現れますがそれ以外の症状に乏しく、体の不調を感じても、まさか自分が梅毒だとは思わないケースも少なくありません。
また、アレルギーや麻疹による発疹などと紛らわしくて診断を誤ることもあり、「梅毒は百面相」とも呼ばれています。その後数日〜数週間すると、発疹が消失して潜伏期に入ります。最初の1年ほどは発疹がときどき再発しますが、その後は出なくなり、治療しなくてもいつのまにか治ったように思いがちです。
第3期:やわらかい腫瘤「ゴム腫」、軟部が崩れることも
第2期後の潜伏期間も梅毒トレポネーマは体内で徐々に増殖していきます。感染から3年ほど経つと皮膚、筋肉、骨、肝臓などのあちこちに、ゴムのように柔らかい腫瘤(ゴム腫)が生じます。これが第3期梅毒です。治療しないと、ゴム腫は周りの組織を破壊しながら成長し、破れて潰瘍になり、治った後も瘢痕(はんこん)が残ります。
「とら息子 親の目を盗んで 鼻が落ち」
という江戸時代の川柳は、鼻中隔の軟骨にゴム腫が生じて崩れる鞍鼻(あんび)という病態を詠んだものです。

さらに感染から10年以上経過すると、心臓や中枢神経にまで進行し、心不全や認知症、運動麻痺などを起こし、最終的には死に至ります。
また、妊婦が感染すると、胎盤を通って胎児に移行し、流死産や、胎内ですでに進行が始まっている先天梅毒の原因にもなります。