免疫から認識されないステルス戦略
このなんとも複雑な症状を、梅毒トレポネーマはどうやって起こしているのでしょう?
実は梅毒トレポネーマには、コレラ菌やボツリヌス菌のような強力な毒素も、ペスト菌や結核菌のように細胞内に感染する機能もありません。逆にほとんど何も持たないことで、宿主の免疫から認識されにくくなる「ステルス戦略」に特化した病原体なのです。
その最大の秘密は、この菌の表面構造にあります。
例えば、一般的なグラム陰性菌の表面には、血中に入ると毒素として働くリポ多糖が存在し、ヒトの免疫細胞はToll様受容体*の一つ、TLR4でそれを感知して、免疫系が活性化されます。
*Toll様受容体(Toll-like receptor:TLR):病原体がもつ分子パターンを認識するセンサー(パターン認識受容体)。グラム陽性菌のペプチドグリカン、ウイルスの糖タンパク質などのリポタンパク質に反応するTLR2、今回取り上げたリポ多糖に反応するTLR4など、多数のタイプが存在する

ところが梅毒トレポネーマはリポ多糖を持たないため、感知することができません。
このことは第2期梅毒の病状とも合致します。通常、大量のグラム陰性菌が血液中に侵入するとサイトカインが過剰に産生されて40℃近い高熱や敗血症性ショックが起きますが、梅毒の第2期で菌が血中に入っても微熱程度で、そこまで激しい症状は出ません。