治療への応用にもつながる
また、スポーツ科学は、ある程度医学の領域を含んでいます。
例えば糖尿病の話をしますと、食事で摂取した糖の8割から9割は、筋肉が処理します。その点糖尿病というのは、筋肉の病気だと考えることもできます。1990年頃まで、医学界では筋の研究があまり進んでいませんでしたが、スポーツ科学で行われていた筋肉の研究が、糖尿病治療に非常に貢献しています。
筋肉が血液中にある糖をどうやって取り込んでいるかというと、グルコーストランスポーター(骨格筋ではGLUT4:グルット・フォー)という運び屋が筋肉の表面にあれば、糖を取り込むことができます。血液中の糖が増えるとインスリンというホルモンが分泌され、GLUT4が、筋細胞内から筋膜へ移動して、糖を取り込みます。
運動もGLUT4を細胞内から筋膜へ移動させることにより糖の取り込み量を増加させます。また、トレーニングによってGLUT4が増えることが分かっています。
したがって、運動やトレーニングによって、糖の筋肉への取り込みが上がって糖尿病になるリスクが下がる、糖尿病の人は悪化が抑えられるということが考えられ、分かっています。そしてこのことは、スポーツ科学の分野が中心となって研究してきました。
――昨今の科学技術の発展によって、スポーツ科学の研究は変わりましたか。
田畑:先ほど述べたGLUT4の研究は分子生物学が貢献しています。また、バイオメカニクスの分野では、技術的な進歩を感じます。バイオメカニクスでは、加速度や重心の位置がどうなっているか等を研究するのですが、昔はフィルムを使っていて、10秒間で約2万円、分析に2週間ぐらいかかりました。今は走り終わったらすぐにフィードバックできます。科学の力は強いですね。

スポーツを科学的に研究するとは
――スポーツを科学的に分析することで、何を目指しているのですか
田畑:私たちは研究者として新しいものを見つけたいという気持ちはあります。本にも書いたエピソードですが、転写活性化補助因子PGC1αが運動トレーニングによる筋の多くの機能向上の引き金を引いている、という仮説を支持する研究結果が得られた時は、ビンゴ!というかんじで、とても嬉しかったです。
ただ、スポーツの世界では、科学的な分析はまだまだ進んでいません。報道に出てくるスポーツ選手は成功者ですが、もしかしたら成功したかもしれない人が、適切でないトレーニングをして壊れて駄目になっていることもないことではないんですね。
スポーツ選手は、きついことをやれば強くなる、たくさんやれば強くなると思いがちです。確かにそういう部分はありますが、トレーニングの目的を考えるべきです。
目的が体力を上げることならば、私たちは体力を上げるためにはタバタトレーニングがいいと証明していますし、トレーニングをやりすぎたら悪いという理由も科学的に見つけています。私の本を読んだコーチや選手が、タバタトレーニングでなくてもいいのですが、高強度の運動を入れた方がいいんじゃないかと気づくことを期待しています。

――スポーツ選手でない人が健康のためにちょっと運動してみようと思った時は、どういうことをやるのがいいのでしょうか。
田畑:どんな人でもタバタトレーニングをやればいいわけではありません。タバタトレーニングはあくまでひとつの運動です。タバタトレーニングをやってきついと思ったら、ジョギングでもいいし、それが無理だったらウォーキングでもいいし、水泳でもいいです。1つでいいから好きな運動を見つけていただいて、それはいつ始めても効果があるんですね。
40歳で始めても50歳で始めても60歳で始めても効果があります。効果とは何かというと、最終的には早死にを減らす、死ぬリスクを減らす、生活習慣病になるリスクを減らすということです。
私は厚生労働省にいた時に「日本人の健康を作るための運動指針2007」というものを中心となってまとめました。これは、国民の方たちに1日8,000歩から10,000歩歩きましょうね、というものです。当然私も歩くことが得意です。自宅から京都駅まで30分ぐらいかけて歩いています。
(聞き手:鈴木皓子)