このまま夫と老いていくのかと思うと……
夫にチクチク言われながらも、3人の子を無事に産んだイクミさん。女、男、女の一男二女は年齢が近いせいもあって、ケンカしながらも元気に育っていった。
「子どもたちが小さいころも、夫はまったく手伝ってくれませんでした。今のようにイクメンとかいって子育てに関心があるのが当たり前という時代ではなかったけど、それでも幼い子が3人もいれば父親として自覚が生まれると思うんですよね。でも、夫には生まれなかった。むしろ子どもたちに対抗するように言動が幼くなっていきました」
子どもに妻の愛情をとられた嫉妬なのか、夫はあるときから「きみは忙しいだろうから、家計管理は僕がやる」と言いだし、生活費だけを渡すようになった。
「急に子どもが熱を出して病院に行かなければならなくなり、給料日直前だったのでお金が心もとなかったことがありました。情けなかった……。それ以来、独身時代の預金を必ず引き出しに入れておくようにしたけど、もともと同じ会社だったから私は夫の収入をわかっている。なのに生活費が少ないことに不満もありました」
足りないというと家計簿を見せろという。細かくチェックして、「どうしてこれをこんなに高い値段で買うわけ?」と夫が言ったのは絆創膏だった。息子がケガをして必要となり、うっかりストックを切らしていたので、近くの薬局で買った。
遠くのドラッグストアへ行けば安いのはわかっているが、時間的にもそれができなかったのだ。それにしても細かいとイクミさんがため息をつくと、「どんな思いで仕事をして、どんな思いで稼いでいるかわかってるよね」と夫は言った。
「夫は私を束縛することはなかったけど、お金には細かかったですね。子どもたちを連れて一家で外出しても、絶対に外食はしない。
5人で外食したらいくらかかると思ってるんだというのが夫の言い分。疲れて帰ってきて、私だけが座る暇もなく食事の支度をするしかない。私の疲労度など考えてくれない。子どもたちは成長するにつれて手伝ってくれるようになりましたが、それでも夫だけはガンとして動きませんでした」
子どもの勉強や受験に関して、夫は積極的に口を出した。だが、そのつど、イクミさんの学歴を問題にされた。
彼女が短大出だったこと、両親が大学を出ていないことまで引き合いに出され、「親の頭脳が影響するからなあ」と冗談とも本気ともつかない口調で言われた。そのたびに「親のことはいわないで」というのが精一杯だったという。
末っ子が今年大学を卒業する。夫からずっと目に見えないほど小さなトゲを全身に打ち込まれてきたような日々を乗り越えて、ついに親としての役目を終える。今年の正月、イクミさんはそう感じた。
「それ以来、ずっと体調がよくないんですよ。体調というより心かな。ここ10年ほどパートで働いていて、少しずつ時間を増やしてきました。同世代のパート仲間もけっこういて、みんなで楽しくやってはいるけど、心許せる人はいません。
大人になってからは友だちもできず、夢中になれる趣味もなく、このまま夫とふたりで老いていくのかと思うと、なんだかたまらなくなってしまって……」
夫にも心許せない彼女にとって、夫とふたりだけの暮らしは「地獄のようなもの」だという。さすがに子どもたちも独立した今、夫は金銭的なことは言わなくなったが、その代わり、子どもも大きくなったのだから家をもっと掃除したらどう、と提案しているかのような命令をする。
「もうあなたと一緒にいたくない、と何度口から出かかったことか。それでも離婚したら経済的にはやっていけないし、私が損をするのは目に見えていますから、離婚にも踏み切れない」
* * *
子どもも独立し、ここらで夫から解放されたい気持ちと、一人で暮らすのは難しいという経済的な不安がせめぎ合うイクミさん。心がすっかり離れてしまったあとも、ひとつ屋根の下にいるというのは難しいことだ。
専業主婦という立場で経済的な自立がしづらいことも、彼女の悩ましい思いにつながっているだろう。
そんな彼女に追い打ちをかけるような出来事が起きた。彼女の父親が今年1月に亡くなったのだ。その葬儀の場で、夫が信じられないようなことを口にするーー。詳しくは後編記事〈30年近くモラハラに耐えた53歳専業主婦がついに爆発…父の葬儀で夫が放った「信じられない言葉」〉でお伝えする。