「打者は本塁打を狙い、投手は三振を狙う」ようになった現代野球に、イチローが呈した「苦言」
では、そんな野球に必勝法はあるのだろうか? 統計学的にその答えを追求し、メジャーリーグの「お荷物」を常勝軍団に変身させ、一躍その名を知られた「セイバーメトリクス」。その進化はとどまるところを知らず、野球場で起きているあらゆることを「数字」にするため新しい指標が次々に考案されている。さらにテクノロジーの発達は、選手やボールの動きの精密な計測を可能にし、それらビッグデータの解析によって、野球というスポーツの本質さえ解き明かそうとしている。はたして野球とは、どのような競技なのか?
日本のセイバーメトリクス研究の第一人者がRSAA、wRAA、UZR、UBR、フレーミングなどの新指標を駆使しながら、本当に勝利に結びつくプレーと戦術について考察する。
*本記事は『統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』(ブルーバックス)から抜粋しています。

イチローの発言
2019年3月21日、現役引退を決めたイチローの記者会見の中で、次のような発言があった。
「2001年に僕がアメリカに来てから、この2019年の現在の野球は、まったく違うものになりました。まあ、頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような……。選手も、現場にいる人たちも、みんな感じていることだと思うんですけど、これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど。本来は野球というのは頭を使わなきゃできない競技なんですよ。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて」
NPB、MLB合わせて28年の長きにわたり、卓越したバットコントロールで安打を量産し、「エリア51」「レーザービーム」といった形容で賞賛されるほど華麗な守備を魅せてきたイチロー。その最後の言葉に、筆者は共感しつつも、どこか違和感をおぼえてもいた。
『公認野球規則』1.05にある、
「各チームは、相手より多くの得点を記録して、勝つことを目的とする」
を成就させるための最も効果的な方法は、本塁打を打てる打者と、三振を奪える投手を集めることである。しかし、そのような人材は稀少であり、選手としての商品価値が高騰するため、経営状況の苦しい球団はそういった人材を雇えない。攻撃面では、本塁打に依存せず、安打や四球で出塁した走者を確実に次の塁に進め、単打や犠飛で本塁へ生還させる戦術を構築し、守備面では、いわゆる「打たせてアウトをとるピッチング」や「エラーをしない堅実な守備」「相手の進塁を許さない守備」で少ない得点を守り切るという、いわゆる「スモールベースボール」で勝利をもぎ取りにいかねばならない。そのための知恵として「セイバーメトリクス」を活用しようとしたのである。
データ取得の技術が進化していくにつれて、解析の精度も上昇し、守備によるアウトの確率を上げるために採り入れられたのが「大胆な守備シフト」であった。序章でも触れたように、その効果はてきめんで、多くのチームが採用するようになった。その状況を打破するために、打者はフライボールで本塁打や長打を狙うバッティング技術を得ようと努力する。
するとそれに対抗して、投手も打者にフライを打たせまいとして、バットに当てづらい投球術を得るためデータ解析の力を借りて努力する。ロサンゼルス・ドジャースのトレバー・バウアーが「ドライブライン」と称される科学的なトレーニング施設で球の回転数や軌道を確認しながら自身の投球フォームを固めていき、2020年にサイ・ヤング賞を受賞したことはその好例であろう。
NPBでも2021年に日本一となったスワローズは、12球団の中で唯一「ホークアイ」と呼ばれる動作解析システムを導入して、投手のリリースポイントの改善や軌道の修正に役立てた。その結果、投手陣の成績が大幅に改善したことは本書でも紹介したとおりである。
このように投打が互いに、進化したセイバーメトリクスの恩恵を享受しながらプレーしていった結果、2018年のMLBでは史上初めて三振数が安打を上回り、三振と四球と本塁打の合計が全打席の33.8%を占めることになった。つまり、野球の試合において、約3分の1の時間は、打者が走らないし、守備もする必要がないという状況になったのである。
イチローはそうした現状を憂いて、あのような発言をしたのだろうし、ファンの中にもそんな試合を退屈に感じる方々は少なくないだろう。
ただ、「打者は本塁打を狙い、投手は三振を狙う」ことが野球において勝利への近道であることは、まぎれもない事実である。セイバーメトリクスがこの野球の真理を白日のもとに晒したことで、勝利を追い求める球団や、成績の向上に努める選手たちが、結果として、野球を今ある姿に導いたといえるだろう。