「ウイスキー」、じつは「錬金術」によって生まれた「神秘的な酒」だった…!
『ウイスキーの科学』*本記事は『最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセス』(ブルーバックス)から抜粋・再編集してきます。
錬金術が生んだ蒸留酒
熟成の酒、ウイスキーが誕生するまでのいきさつについては、その名前の由来が物語ってくれる。
「ウイスキーは、“生命の水”をその語源としている」
私がまだウイスキーを飲みはじめて間もない、何十年も前のことだ。薄暗いバーのカウンターに座ってこう私に語った友人は、何やら哲学者のようにみえたものだ。
“生命の水”、ラテン語で「アクア・ヴィテ(aqua vitae)」。8世紀ごろ、醸造酒を蒸留する技術が本格的に普及しはじめると、人々は得られた蒸留酒をそう呼んで珍重した。
“生命の水”という響きは当時でも新鮮だったのだろう、この言葉は次第にヨーロッパ諸国に広まった。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンなどのスカンジナビア諸国で愛飲されている蒸留酒の名である「アクアヴィット」は、まさにこの言葉に由来している。また、フランスでワインの蒸留酒であるブランデーを「オー・ド・ヴィー(Eau-de-Vie)」と呼ぶのも同じ意味だ。ライ麦や小麦などを原料とする蒸留酒のウォッカも、ロシア語のヴァダ(水)からきているということだ。
ウイスキーもこの例にもれない。ウイスキー発祥の地であるアイルランドやスコットランドではかつて、住民のケルト人はゲール語を用いていたが、“生命の水”をゲール語に直訳すると「ウシュク・ベーハUisge-beatha(ウシュクは生命、ベーハは水)」。この言葉が「ウスケボー」と訛り、やがてウイスキー(Whisky/Whiskey)になったと言われている。
蒸留の技術そのものは紀元前3000年のメソポタミア時代からあり、花の蜜から香水を作るために蒸留器が発明されたようだ。紀元前750年になると、古代アビシニア(エチオピアの旧称)で、蒸留器を使って醸造酒のビールが蒸留された。これが蒸留酒の始まりと言われている。しかし、多くの人に愛飲される“生命の水”の誕生は、それから1500年もあとに流行した「錬金術」に負うところが大きかった。
ご存じの方も多いように錬金術とは、古代エジプトで起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった原始的な科学技術のことだ。科学技術の進展にはその命題が必要だが、錬金術師たちは、酸化しやすい卑金属(鉄や銅など)を酸化しにくい貴金属(金や銀など)に変えることや、「不老不死」の万能薬を作りだすことをその命題として、あれやこれやと知恵を絞った。その点では、今も昔も科学の命題はあまり変わっていない。
8世紀になると、アラビアのジャービル・イブン・ハイヤーンという錬金術師が、「アランビック」と呼ばれる銅製の蒸留器を考え出した。これは蒸発させた成分を凝縮した蒸留液を、細い管から取り出すしくみのもので、独特の美しい形状をしている(図1‐1)。アランビックで蒸留すると雑味がとれ、すっきりした品質の蒸留液が得られるため、これを手にした錬金術師たちは、さまざまな醸造酒を蒸留しはじめた。蒸留技術は一気に進化し、造られた蒸留酒は“生命の水”と呼ばれて人々の間に広まっていったのである。

なぜ、紀元前からあった蒸留酒が、この時代になるまで長く普及せずにいたのか、これは謎の一つである。ともかくも、蒸留酒の普及はアランビックの発明によるところが大きかった。そして同時に、“生命の水”というネーミングの影響も見逃せないだろう。この言葉には、何か人をわくわくさせる神秘的な響きがある。