2023.03.17
なんと「イギリス王ジョージ4世」も知るところとなった「熟成ウイスキー」の「魅惑の味」
「ハイボール」「マッサン」のブームに沸いたジャパニーズウイスキーは、いま世界でトップランクの評価を得ている。そのまろやかな香味が「熟成」によって生まれるまでに「樽」という小宇宙の中では何が起きているのか? 人智の及ばない摩訶不思議な現象に、人智の限りを尽くして挑んだ研究の最新成果を満載して贈る、知れば知るほど旨くなるウイスキーの香りと味の科学!
*本記事は『最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセス』(ブルーバックス)から抜粋・再編集してきます。
*本記事は『最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセス』(ブルーバックス)から抜粋・再編集してきます。

「密造」が生んだ熟成
アランビック型の単式蒸留器は、“生命の水”という名前とともに蒸留酒を世界に広めた。ウイスキーも、ケルト人の移動とともにアイルランドやスコットランドに伝わっていったが、最初は大麦麦芽を原料とした醸造酒を蒸留しただけの荒々しい酒で、いまのウイスキーとはほど遠い代物だった。その品質を劇的に向上させた、大きなエポックがある。すなわち、密造業者による樽貯蔵の開始である。
イングランドがスコットランドを併合(1707年)してグレート・ブリテン連合王国が誕生すると、イングランド政府はウイスキー生産者に対して1725年から、高い麦芽税の徴収を始めた。これは大変な重税であり、当時のウイスキー生産者にとってはまさに生活の糧を失いかねない死活問題となった。彼らはしかたなく、収税官吏の目の届かないハイランド地方の山奥に蒸留所を移して、密造を始めた。とくに2度にわたるスコットランド独立闘争が失敗に終わったあと、イングランド政府のスコットランド住民への締めつけは厳しくなった。そのため、独立闘争に参加した兵士を中心としてウイスキーの密造がいっそう盛んになった。
当然のことながら密造ウイスキーは自由に販売できないため、その機会が訪れるまで保管しておかなければならない。たまたま、スペインから輸入されたシェリー酒の空樽があったので、密造業者たちはそこに長期間、ウイスキーを保管しておいた。やがて時機が来て樽を開けると、なんとその中身は、琥珀色をした芳醇でまろやかな香味をもつ液体に変化していて、彼らを大いに驚かせた。これが樽貯蔵による熟成ウイスキーの誕生である。