「ウイスキー」を「樽で貯蔵」するとなぜおいしくなるのか、じつはよくわかっていなかった…!
*本記事は『最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセス』(ブルーバックス)から抜粋・再編集してきます。
樽の不思議
「熟成の酒」ウイスキーの種類は多様化しても、どれも樽の中で非常に長い期間、貯蔵することに変わりはない。ウイスキーが樽の中で過ごしてきた生い立ちに人は思いをはせて、その熟成した香りと味を愉しんでいるに違いない。鑑賞に堪えるためには、ウイスキーは樽の中で個性を身につけなければならない(図1‐2)。

樽の中で貯蔵することによるウイスキーのドラスティックな変化に魅せられて、昔から多くの研究がなされてきた。だが、長い間貯蔵するとなぜおいしくなるのか、その理由については、いまだによくわからない点が多いのである。
ウイスキーを貯蔵する樽に用いられる木材は、英語で「オーク」と総称される樹種(コナラの一種)に限られている。ウイスキー樽の形状は、日本でなじみの深い和樽とは異なり、両端を絞って湾曲させた独特の姿である。ウイスキーはこの樽の中で貯蔵しないと熟成しないことが知られている。
貯蔵している間に、樽のオーク材から多くの成分がウイスキーに溶け出してくる。その影響はもちろん大きいだろう。だが、オーク材の成分を抽出して加えただけではウイスキーにはならない。蒸留液の成分や樽からの成分がさまざまに反応しあい、貯蔵中に新しく多くの成分ができてきて、それらが複雑に絡みあいながら変化して、ウイスキーを熟成の状態に移行させているのだ。そこではさまざまな化学反応が並行して進んでいると考えられるが、具体的にわかっている反応といえば、樽を通して徐々にウイスキーに溶け込む酸素による酸化反応、酸化生成物とアルコールによるアセタール化反応やエステル化反応、という具合に限られてしまう。だがそれらの反応生成物だけでは、とても熟成ウイスキーの品質についての説明はつかない。
確かにいえるのは、未知の反応も含めて多くの化学反応がバランスよく並行して進むためには、オーク材質の、この形状の樽がまことに適しているということだ。オーク樽はウイスキーを入れる容器としての役割もあるが、熟成反応を進行させるリアクター(反応器)としての役割が大きい。しかし、なぜそうなるのかはよくわかっていない。