膨大な費用、時間、手間、果てしない心労…「法的紛争は避けるに越したことない」という結論に至った元裁判官が、その方法を教えます

訴訟、法的紛争などといった言葉は、自分には全く無縁なものだ──。日本人の多くはそう考えているだろう。

しかし、「相続」「離婚と子ども」「交通事故」「自宅の新築や購入」「痴漢冤罪」「雇用」「医療」……といった言葉ならどうだろう。自分も現在、あるいは今後、当事者でありうる言葉ではないだろうか。人生の中で誰もが関わりを持ちうるさまざまな事柄に、実は極めて深刻な「法的紛争」のリスクが潜んでいることはあまり知られていない。しかし、実際には、私たちの日常生活は、それを知らないまま「法的な地雷原」の上を歩いているようなものなのだ。

そんな紛争に突然巻き込まれてしまってからでは遅い。不幸で不要な法的紛争を防止するためには、あらかじめ、自分と家族を守るための法的知識・リテラシーを身につけておく必要がある。

1万件超の事案を手がけた元裁判官にして民事訴訟法の権威でもある瀬木比呂志さんが、人が一生のうちで遭遇しうるあらゆる法的トラブルに備える法的リテラシーをわかりやすくまとめた新刊『我が身を守る法律知識』の冒頭部分を紹介しよう。

法的なリスクの重大さにうとい日本人

2011年の福島第一原発事故から11年余りを経た2022年(令和4年)7月13日、東京地裁は、東京電力の株主らが勝俣恒久元会長ら同社の旧経営陣に対して提起していた株主代表訴訟につき、被告らのうち4名に連帯して13兆余円の支払を命じる判決を下しました。

その理由は、彼らが津波対策を怠った結果前記事故を防止できず、会社に巨額の損害を与えるに至ったというものです。

13兆余円という賠償額は、個人被告の賠償額としては空前のものです。当然のことながら、被告らの支払能力をはるかに超えていますから、もしもこの判決が確定すれば、彼らは、自己破産を強いられることになるでしょう。

会社経営にかかわる要職にあったとはいえ、彼らは、オーナー社長や一族ではなく、企業から雇われた経営者にすぎません。けれども、こうした立場であっても、経営上の重大な判断を誤れば、それまでに積み上げてきた財産、名誉等を事実上すべて失いうることを示したという意味で、象徴的な司法判断だったといえます。

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もしも、先の被告らが、重大な注意義務違反に伴いうる法的なリスクを正確に把握していたなら、日本の危機管理能力の欠如を世界に示すことになってしまったあのような事故を防ぐために、もう少し真な取り組みを行っていたのではないかとも思われます。

上記は原発事故という特殊な事故に関するものですが、法的知識の欠如から大きな被害や経済上の損失をこうむるという事態なら、ごく日常的に起こりえます

離婚に加え、家の取り壊しまで?

次のものも、実際にあったケースです。

Aさんは、結婚後、新居を建てたいと思い、適当な土地を探していましたが、仲のよい義父から、『何も高い金を出して土地を買うことはない。空いている私の土地を使いなさい』と言われ、好意に甘えて、義父の土地に立派な家を建てさせてもらいました。

それから5年が経ち、いろいろあってAさんは妻と不仲になり、結局別れることになりました。その過程で、義父ともいさかいがあり、お互いに傷付け合うような言葉や行為もありました。妻が実家に帰った後、疲れ切ったAさんの下に、義父から『即刻の建物収去土地明渡し』を求める訴状が届きました。

このような場合、Aさんは、建物を取り壊して土地を明け渡さなければならないのでしょうか?

本書で詳しく述べますが、答えは、「その可能性はかなり高い」というものです。

不動産等の無償の貸借、つまり「使用貸借」は、法的には「非常に弱い権利」なのです。繰り返せば、裁判になれば、和解が成立しない限り、義父の請求が認められ、Aさんは、自宅を取り壊して土地を返還させられることになる可能性が高いのです。

こうした事例はかなりの頻度であり、私自身、知人を介して相談を受けた経験があります。その事例では、夫の第一審敗訴後、控訴審で、夫が相当の一時金を支払った上でその後土地を相場の賃料で賃借してゆくという和解ができたので、建物の取壊しと土地の明渡しについては、幸いにして免れたのですが。