2023.03.29
# 遺伝子 # 細胞

「家族のなかに“なりすまし”がいる!?」だまされたアリがコオロギにご飯を与えるって、まるで童話!

超・進化論(16)

生命誕生から40億年のあいだに出来上がった生き物の隠れたネットワークやスーパーパワーが、最先端科学で次々と解明されている! NHKスペシャル シリーズ「超・進化論」では、5年以上の歳月をかけて植物・昆虫・微生物を取材。そこには常識を180度くつがえすような進化の原動力があった。
書籍化された『超・進化論 生命40億年 地球のルールに迫る』で、「昆虫」の謎が解き明かされる。
安定した社会を築いているアリたちの集団に「居候」する昆虫はまだまだいる。まるで童話のようにアリに養われるコオロギ。そのなりすましの手口は絶妙と言っていい。
さらに、アリも「居候」もおたがいがなくてはならない関係もある。新女王アリとして新たな家族を作るため旅立つときにたった一匹だけお供をする昆虫がいるのだ。そんな不思議な共生の形をご紹介する。

【昆虫第1回】<鳥も飛行機も敵わない! あたり前のように飛ぶ、昆虫の飛び方は“超ハイテク”&“型破り”!>はこちらから。
*NHKスペシャル「超・進化論 第1集 植物からのメッセージ ~地球を彩る驚異の世界~」は、第64回科学技術映像祭において内閣総理大臣賞(自然・くらし部門)を受賞!

コオロギのアリをだますテクニックがすごい

たとえば日本に、アシナガキアリというアリの巣だけで暮らすシロオビアリヅカコオロギというコオロギの仲間がいる。シロオビアリヅカコオロギはアリにそっと近づき、アリに気づかれないうちに体の表面の「匂い物質」を舐め取り、脚を巧みに動かして全身に塗りつける。そうしてまんまとアリの家族になりすますのだ。そうとは知らないアリはコオロギのおねだりを受け入れて、口移しで食べ物を分け与えることまでしてしまう。

居候のシロオビアリヅカコオロギに口移しで食べ物を与えているアシナガキアリ。
コオロギはアリの体から匂い物質を舐めて、体中にこすりつけることで家族の一員のふりをしている。(c)NHK

このときコオロギは、さらに巧みにアリになりすます。アリ同士で食べ物をせがむ際には、触角を素早く動かして相手をトントンとたたく。しかしコオロギの触角は長く、アリのようには動かせない。そこで触角の代わりに前脚で、アリが触角でするのと極めて同じリズムでトントンとたたくのだ。真っ暗な巣の中で匂いも行動もアリになりきる。

その結果、シロオビアリヅカコオロギは、もはやアシナガキアリからの口移しでしかものを食べることができなくなってしまった。まさに究極の適応だ。たった1種のアリに適応して、他のコオロギとはまったく違う進化をしたのだ。こうした片方だけが恵みを受ける関係は「片利共生」と呼ばれる。

アリの匂い物質を奪い取って自分の体につける方法は「化学隠蔽」と呼ばれる。他にも、匂い物質を自分で作り出しアリをだます「化学擬態」と呼ばれる方法もある。何の匂いも持たず、存在を消すパターンもあると言われる。アリがこうした多種多様な居候を抱えていけるのは、アリの社会が極めて安定し、生活に余裕があるからだと考えられている。居候はアリに対して圧倒的に数が少ない。アリにとって、少数の敵を排除するシステムを作るのは無駄が大きい。だから勝手に棲みつかれても、されるにまかせているのかもしれない。

居候側にしてみれば、アリの集団に入りこむことに危険性はあっても、アリをだましたり存在を消したりなどしてとにかく中に入ってしまえば、エサのおこぼれや棲処を得られるだけでなく、最強のボディガードまで手に入れることができる。なのになぜ居候各種の個体数は少なく、爆発的に増えないのか。丸山さんによれば、アリの巣の中の資源量にも限りがあるため、居候の種のあいだで厳しい競争があるのかもしれないものの、はっきりしたことはまだわからないという。まさに深海と同じように、未知の世界が足元に潜んでいるのだ。

  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大