「私と同じ失敗を繰り返してほしくない。残された時間を使って、子宮頸がんとHPVワクチンや検診について、たくさんの人に知ってほしいと思ったんです」

2022年の秋、芸能プロダクションの代表である井出 智(いで・とも)さんは、医師から「標準治療終了」と告げられた。かねてから子宮頸がんで闘病していたが、現在は治療法がつきて、がんによる痛みを抑えるための緩和ケアを受けながら日々を過ごしている。

子宮頸がんを罹患した経験を事務所に所属する俳優だけでなく、多くの人に発信したいという井出智さん。闘病中に話を伺った。写真/及川夕子

子宮頸がんになるという経験は、井出さんにとってどのようなものだったのか。家族や俳優たち、女性たちに伝えたい想いとは――。3時間ものロングインタビューを受けてくれた井出さんの、まっすぐな思いをお伝えしたい。

医療監修/稲葉 可奈子医師(産婦人科医)

 

日に日にお腹の痛みがひどくなり……

2019年春ごろ、井出さんは5年ぶりに婦人科クリニックを受診した。もともと生理痛は重いほう。最初はそれが続いているのかなくらいに思っていた。けれど、日に日にお腹の痛みがひどくなり、痛み止めを飲んでも治まらなくなっていた。最初に腹痛に気づいてから受診まで、半年が過ぎていた。

最初に受診したクリニックでは「子宮の手前にポリープのようなものがあります」と言われ、医師から大きい病院で再検査を受けるようにアドバイスを受けた。勧められるままに、次の病院で検査を受けると「がんの一歩手前(※)」という診断だった。
※がんに進行する確率が高い状態のこと、医学用語では「子宮頸部異形成」や「前がん病変」という

子宮頸がん検診は国が推奨する5つのがん検診の一つで、20歳以上での定期的な受診が推奨されている。しかし30代半ばになるまで、井出さんは一度も受けていなかった。

「渋谷区から検診のお知らせが来ていたことは覚えています。でも『自分は大丈夫』と捨ててしまっていた。病名くらいは知っていたものの、性交渉で感染するがんといった知識はなかったです。周囲に子宮頸がんにかかった人もいませんでしたし、同世代で話題に登ることもありませんでした。知識があったら…と、その点はとても悔しいです」

祖母が乳がんを患ったので、乳がん検診は受けたことがあったという。一方で、健康診断は忙しさを理由に2年以上未受診だった。「大きな病気をしたことがなかったので、健康には自信があったんだと思います」

大学卒業後、芸能プロダクションに就職。タレントマネージャーは、天職と思えるほど好きな仕事になった。忙しくても毎日が充実していた。時間はあっという間に過ぎていった。

「当時は人気急上昇中の若手俳優を担当していて、とても忙しかったんです。検査結果を待つ間も海外収録に同行。その頃には、もうお腹の痛みが耐え難いほどに。でも仕事を抜けられないので痛み止めを飲みながら、なんとかギリギリ乗り切ったという感じでした」

帰国後、病院を受診。30代半ばになり、結婚の予定はなかったが「将来子どもを持つという選択肢は残せる」と医師に勧められ、子宮を残す手術が可能ながん拠点病院への紹介状を書いてもらった。