「こどもは地域の宝」というスローガンがあちこちに掲げられ、乳幼児を連れて歩けば、通りすがりの人が寄って来て、「めんこい、めんこい」と代わる代わるあやしてくれ、地域の幼稚園や小学校の行事には住民のほとんどが駆けつける……そんな環境だったがゆえ、当初久美さんは「きっとここは子供に優しい町に違いない」と思ってしまったのだが、その期待はことごとく裏切られた。
「のんびりした田舎で人情味溢れた人たちに囲まれながら、笑って穏やかに暮らすはずが、私も夫もいつも疲れ切っていて、ろくに会話もしなくなってしまいました。お互い口を開けば愚痴やぼやきしか出ないのがわかってるし、ここでの生活に対する不満を口に出せば、自分たちの選択を否定することになってしまうので、あえて話をしなかったという感じですね」
車を勝手に乗り回すおじいさん
そんな久美さん一家に決定打となる事件が起きる。
「その日、子供が急に高熱を出したんです。すぐに病院に連れて行こうとしたら車がない。近所の人が勝手に乗って行っちゃってたんですよ。それまではよくあることだったんですけど、この時は最悪のタイミングでした。