1年以上続くロシア・ウクライナ戦争、なぜプーチン大統領は引かないのか。地政学の視点から見ると、根深い世界観の対立が浮かび上がってくる。
前編「ロシアの行動は明確に『違法』なのに、プーチン大統領が頑なに態度を変えない『当然の理由』」につづき、話題の新刊『戦争の地政学』著者で国際政治学者の篠田英朗氏が、二つの異なる地政学の世界観を掘り下げる。
英米系地政学の伝統
今日「地政学」について論じている論者のほとんどは、ハウスホーファーではなく、イギリスのハルフォード・マッキンダーや、アメリカのニコラス・スパイクマンの理論を重視する。マッキンダーやスパイクマンの理論は、ハウスホーファーの理論とは、全く異なるものである。いわば世界観の面で根源的に対立している。
その意味では、戦後の日本の「地政学」の議論は、戦前のハウスホーファー信奉を是正し、アメリカとも協調できる世界観を確認する実際の外交政策と歩調を合わせて進められたものだったと言える。
そもそもハウスホーファーよりも先に地理学者として活発な著述活動を行っていたマッキンダーは、「地政学」などに関心を持たない「地理学者」であった。マッキンダーは、むしろハウスホーファーに代表される「圏域」思想や、それを裏付けるドイツ流の国家論である国家を生命体とみなす有機体的国家論を忌み嫌っていた。
マッキンダー理論をアメリカで応用発展させ、第二次世界大戦後のアメリカの外交政策の理論的基盤を切り開いたスパイクマンが「地政学」の概念を用いたことから。後付けでマッキンダーも「地政学」の理論家として扱われるようにはなった。しかしいずれにせよ、この英米圏の「地政学」の伝統は、ハウスホーファーが代表する「Geopolitikとしての地政学」とは全く異なる世界観を持つものだ。
「英米系地政学」は、世界を「大陸国家」と「海洋国家」のせめぎ合いとみなす。その二元的な世界観において、「圏域」思想が前提とする多元的な世界観とは鋭く対立する。