忘れられた歴史家・上原専禄が、戦後まもなく構想していた「新しい世界史」とは?
モンゴルと十字軍に着目した先進性なぜ日本人が、ヨーロッパの歴史を学ばなければならないのだろう? 「世界史」の授業に苦しめられた多くの人が抱いた疑問ではないだろうか。明治以来の歴史家たちも同じだった。日本人にとって「西洋史学」はどんな意味を持つのか――。
その問いとの格闘の歴史を、黎明期の歴史家たちの生き方と著作からたどったのが、『日本の西洋史学 先駆者たちの肖像』(土肥恒之著、講談社学術文庫)だ。大塚久雄、羽仁五郎、堀米庸三といった大家の名が並ぶこの本の中で、特に大きな存在感を見せるのが、上原専禄(うえはらせんろく)である。いったい、どんな歴史家なのか――。
〈世界史の起点〉は「13世紀」にあり!
〈現在の歴史研究者のなかで、上原専禄(1899-1975)の業績を知るものはどれだけいるだろうか。名前を知るものさえ恐らく少数派、あるいはひと握りではないだろうか。上原は1945年の敗戦前はドイツ中世史研究において大きな業績を残したが、戦後間もなく始めた世界史研究は今でもその意味を失っていないように思う。〉(『日本の西洋史学 先駆者たちの肖像』p249)
一橋大学名誉教授の土肥恒之氏がこのように書く通り、上原の名は現在、一般の書店でもほとんど見かけることはなくなっている。しかしその仕事と歴史観は、現在も注目に値するという。
「特に上原が1960年代に提唱した、13世紀を〈世界史の起点〉とする、という考えは当時にして画期的であり、現在も見直されて良いと思います。13世紀のモンゴルによる世界征服を世界の一体化の始まりとする見方は、現在、かなり知られていますが、上原はモンゴルだけでなく、十字軍など西からの動きにも着目していました」(土肥氏)
かつては、15・16世紀のいわゆる「大航海時代」が「世界史の始まり」とされていた。しかし、それは「ヨーロッパ中心史観」であるとして、13世紀のチンギス・ハンに始まる「モンゴル時代」を「世界史の誕生」とする歴史観は、1990年代以降、岡田英弘氏や杉山正明氏の著作で、広く知られるようになっている。しかしそれ以前に上原は、東西から起こった動きとして、この時代を「世界史の起点」と見ていた、というのだ。