2023.03.17
# 宇宙科学

「なぜ宇宙には物質が存在しているのか?」実は現代の物理学でも説明できない究極の謎だった…素粒子実験の第一人者が語る「ニュートリノがなければ人類も誕生できなかった」という不思議

「『サイエンスZERO』20周年スペシャル」取材班             サイエンス激動の時代を捉えるため、日本のサイエンス各分野の著名な研究者に「サイエンスZERO」の20周年(3月26日(日)夜11:30~ NHK Eテレ)を記念し、この20年の研究を振り返ってもらうインタビューを行いました。そこでどの研究者からも飛び出してくる驚きの言葉や知見、未来への警鐘とは―。

「なぜ私たちが存在しているのか?」

これは実は、現代の物理学で説明できない究極の謎です。

私たちの体、地球、そして太陽や銀河。これらは全て「物質」でできていますが、宇宙が誕生したときには「物質」とともに、“物質を鏡に写したような”真逆の性質を持つ「反物質」が同じ数だけ生まれたとされています。この「物質」と「反物質」は互いにぶつかると、光になって「消滅」してしまう性質があるため、本来なら現在の宇宙には何も残っていないはずなのです。ところが、宇宙には物質でできた私たちは確かに存在する一方、反物質の存在はほとんど観測できていません。

この究極の謎に挑むため、「CP対称性の破れ」、つまり物質と反物質の違いを実証しようという大規模な実験が、日本で行われています。物質と反物質の性質の違いを発見できれば、「物質が宇宙に存在できること」を説明できるかもしれない。そう考えて実験の対象とされたのは素粒子「ニュートリノ」です。加速器で人工的に作り出した「ニュートリノ」と「反ニュートリノ」を、300km離れたスーパーカミオカンデで詳しく観測し、物質と反物質の性質の違いを見いだそうとしているのです。

「T2K実験」と名付けられたこの実験は、「95%の確からしさ」で物質と反物質の違いを捉えたことを発表し、世界的に大きなインパクトを与えました。国内外500人以上の研究者が参加するこのビッグプロジェクトを束ねるのが、東北大学大学院理学研究科教授の市川温子さんです。

東北大学大学院理学研究科教授の市川温子さん:NHK提供
 

市川さんたちは、目に見えない素粒子を捉えるために次々と新しい実験装置を開発し、そのデータ解析を積み重ね、あと少しで「究極の謎」が解明できるところまでたどり着いたといいます。市川さんに、ニュートリノ研究の20年を振り返っていただき、「驚くほど進展した」という研究の現在地について伺いました。

「私たちの存在の謎」を解くカギに手が届くところまで来た20年

―どのように「物質」と「反物質」の違いを観測しているのですか?

「ニュートリノ」と、反物質である「反ニュートリノ」が異なる性質を持つかどうかを観測しています。

ニュートリノというのは、私たちの周りの空間にも飛び交っているものすごく小さい粒子で、たとえば手のひらの表面を毎秒数兆個のニュートリノが通り過ぎています。実は、このニュートリノは「ニュートリノ振動」(※1)といって3種類の状態を変化させながら飛んでいるということが分かっています。

そこで具体的には、茨城県東海村にある加速器で「ミューニュートリノ」という状態のニュートリノと、その反物質である「反ミューニュートリノ」を作り出して、岐阜県の神岡町にある「スーパーカミオカンデ」というニュートリノ検出装置で観測しています。ニュートリノ振動によって、それぞれ「電子ニュートリノ」「反電子ニュートリノ」に変化するのですが、その割合を比較しています。これが東海(Tokai)と神岡(Kamioka)からとって「T2K実験」と呼ばれる実験です。

(※1)ニュートリノ振動:ニュートリノには、「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類がある。「ニュートリノ振動」は、ニュートリノが空間を飛ぶ間にその種類が移り変わる現象で、1998年にスーパーカミオカンデで発見された。また、ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノがわずかながら質量を持つことが証明された。この業績で2015年に梶田隆章さんがノーベル物理学賞を受賞している。

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