新書大賞2023受賞者が語る 「わかってもらう」ための究極の技法

これからの著者と読者のために
新書大賞2023大賞を受賞した千葉雅也氏の『現代思想入門』は、その大胆なまでのわかりやすさで教養新書の新たなスタンダードを構築した。
そんなかつてなかった「入門書」を生み出せたポイントはどこにあるのか。千葉氏に‟難しいことをわかりやすく伝える”ための究極のメソッドを尋ねた。
研究者も編集者もビジネスパーソンも必読!

大胆にまとめる「覚悟」ができた理由

―― まずは新書大賞2023大賞受賞おめでとうございます。SNSでの読者の感想や、『中央公論』3月号に掲載された選評などを見てみますと、難解な現代思想の核心を「要するにこういうこと」と、わかりやすく大胆に示した「勇気」や「覚悟」を称賛するものが多かったですね。

千葉 フランス現代思想は1970~80年代に輸入され、難解なテクストを読解できる知識人が咀嚼して書いたものの一部がブームになりました。今の人からすると意外に思うかもしれませんが、1990~2000年代は、フランス現代思想の大学での本格的な研究はまだ始まったばかりで、さまざまな博士論文が出るようになるのは2010年代になってからなんです。一部の人だけでなく、いろいろな人が研究をし、いろいろな角度から意見をすり合わせて、「この論点はこういうことだ」という現代思想理解ができてくるまで、20年くらいの積み重ねがあるのです。
 僕自身のドゥルーズに関する博士論文(『動きすぎてはいけない』2013年刊)も、おそらく日本で何番目かのものだと思いますし、東浩紀さんの『存在論的、郵便的』(1998年刊)も、デリダについて書かれた初めての博士論文だったと思います。
 「覚悟」ができたというのは、僕自身が40代半ばという人生の折り返し地点に立ったという個人的な事情もあるけれど、それが日本における20年の研究の蓄積とたまたま一致したという面もあるのです。つまり、単に僕が「えいや!」と思い切ったのではなく、研究者の世界のなかで一定の蓄積が成り、その上である程度の共通了解を言うことが可能だろうという判断ができる時期が来たということです。

どういう意味で「わかりやすい」のか

―― その「わかりやすさ」の質ですが、ポイントは、ゼミや研究会上がりの飲み会で先生や先輩から聞かされる「デリダってこういうもんだ」みたいな、プロの世界の‟常識”を公開したところにあると思うのですが、逆にそういうことが他の入門書でなされなかったのはどうしてなのでしょう。学問とはそういうものではないというバリアみたいなものがあったのでしょうか。