2023年1月にエッセイ集『ポンコツ一家』を刊行したにしおかすみこさん。
現在の家族構成について、冒頭にこう書いている。
「うちは、
母、80歳、認知症。
姉、47歳、ダウン症。
父、81歳、酔っ払い。
ついでに私は元SMの一発屋の女芸人。45歳。独身、行き遅れ。
全員ポンコツである」
現在は認知症だというお母さんは、看護師として働きながら、ダウン症の姉とにしおかさんを育てる一家の大黒柱だったという。そのことについては書籍の刊行に際し多く受けたインタビューで語っている。そしてある雑誌のインタビューで「会ってみたい人は?」と聞かれてこう答えていた。
「黒柳徹子さんですね。母が『窓ぎわのトットちゃん』が愛読書で、姉と私の育児の参考にしていたので」
『窓ぎわのトットちゃん』は1981年に刊行され、国内外合わせて2500万部を超える作品。黒柳徹子さんが自身の体験をもとに描いた自伝的な物語だ。「落ち着きがない」と小学校を退学になった主人公のトットちゃんが、トモエ学園で生き生きとした学校生活を送る姿が描かれる。校長先生とのやり取りに胸が熱くなった人も多いことだろう。
にしおかさんの母が「育児の参考にしていた」というのはどういうことなのか。2023年冬の公開でアニメ映画化が発表された本作についての思い出を執筆いただいた。前編では本書から影響を受けたお母さんが大切にした「個性」についてお届けする。
幼き日に覚えてる母の嬉しそうな顔
黒柳徹子さん著『窓ぎわのトットちゃん』がアニメ化されるというニュースを見た。
そういえば若き母の愛読書でもあった。ちょっと聞いてみた。
「何が良かったの?」と。
「忘れた」即効で返ってきた。
……本当に忘れた?思い出して喋るのが面倒なだけじゃなくて?最近、母は忘れるという言葉を都合よく使いこなすようになった。
私は覚えている。幼き日に、ふと見上げた母が、なんだか嬉しそうで弾むような顔をしていたことを。「ママ、間違ってないと思ってた」「これでいくよ!」と大事そうに本を抱えていたことを。
……その弁当箱サイズの本を子供の私だって読めるんだと、母の近くに座りアピールしていたこと。パラパラめくると出てくる挿絵がふんわり優しかったこと。漢字とたくさんの小さな字に挫折し、何度も再チャレンジしながら読んだら、後半知らない戦争の気配を感じて怖くなり本を閉じたこと。母の「これでいくよ!」が、どれかわからなかったこと……。
ちなみに私は大人になるまでに、なってからも、ごく最近も、この本を読んでいる。
母の子育ては『窓ぎわのトットちゃん』の影響を多分に受けている。きっと私たち姉妹を重ね、参考にしたように思う。ただ何か…違う。読む度に勝手に1人でざわついている。
今回は、この胸のざわつきを、記憶もおぼろげな回想と共にお届けしたい。