福地さんの、自分に対する「わからなさ」がヒントに(井樫)

「喪失と再生」は、心に痛みや傷を負って生きている人間にとっての永遠のテーマだ。喪失感を抱えて生きる男女が、出会いによって再生していく映画や文学を挙げだしたら、枚挙にいとまがない。

福地桃子さん主演の「あの娘は知らない」もまた、若者の喪失と再生を描いた映画だが、再生していく過程の描き方がこんなにもピュアで、さり気ない映画も珍しい。福地さんが演じるのは、自分の身に降りかかった「喪失」を嘆くのではなく、ただそれを当たり前のことのように受け止めて生きる、奈々。岡山天音さん演じる俊太郎との出会いによって柔らかい痛みを共有し、それまで無音だった世界に、音の響きを感じ始める。その舞台となるのは、誰にとっても身近な「半径5メートルの世界」――。

映画は、井樫彩監督のオリジナル作品。1996年生まれの監督が切り取った、1997年生まれの福地さんの光と影の繊細な揺らめきが詰まっている。

撮影/篠塚ようこ
 

井樫 最初に福地さんとお会いしたときに、雑談から結構突っ込んだ話まで、いろいろお話をしたんです。そのときに、福地さんのことを聞いていたつもりが、家族とか友達とか、周りの話ばかり出てきて。なぜか自分のことを話さない。「あれ? 彼女自身はどんなことを考えている人なんだろう?」って、そこが気になって。

福地 自分の思いや、内側で思ってることはたくさんあるけれど、それを言葉にして人に伝えるのが得意ではないことは、自分でもわかっていました。人見知りではないけれど、自分のことを喋ろうとすると緊張しちゃう、みたいな。でも、そういうふうに監督に言ってもらうまでは、そんなに人の話ばっかりしてるなんて思わなかったです。

井樫 それで浮かんだのが、“周りを全部排除した先にある自分”というような1人ぼっちの主人公という設定でした。それだけだと強度が弱いので、原点回帰というか、半径5メートルの範囲内の物語にしよう、と。大きな物語よりも、狭い範囲での物語の方が刺さる人にはより深く刺さると思ったし、そういう経験が過去にあったので。私が感じた「福地さんの持っている自分に対してのわからなさ」と私自身の日常観、実際に経験したことなどを掛け合わせて、物語を作ってみようと思ったんです。

福地 私も、普段は「喋りやすいね」とそういうふうに言っていただくことも経験のなかにあったので、監督に「自分のことを話さない」と指摘されたときは少しビックリしました。でも、それまでとは違う角度から自分を見てくれたような気がして、図星とまではいかないけれど、「たしかに。そういうところがあるかもしれない」と。自分でも忘れていたけど、「それも自分だな」みたいな感覚はありましたね。