2023.04.15

勝ち組富裕層のバイブル?「自己肯定の哲学」でニーチェが本当に伝えたかったこと《21世紀の必読哲学書》

混迷を深める21世紀を生きる私たちが、いま出会うべき思考とは、どのようなものでしょうか。

《21世紀の必読哲学書》では、SNSでも日々たくさんの書籍を紹介している宮崎裕助氏(専修大学文学部教授)が、古今の書物から毎月1冊を厳選して紹介します。

第3回(1)(全3回)はフリードリヒ・ニーチェ『道徳の系譜学』(中山元訳、光文社古典新訳文庫/木場深定訳、岩波文庫/ニーチェ全集第11巻、信太正三訳、ちくま学芸文庫)です。

(毎月第2土曜日更新)
(『道徳の系譜学』中山元訳、光文社古典新訳文庫)

法に従うこと。そのためには法に従う仕方、法と個々人のふるまいを仲介する仕方そのものが人々のあいだで共有されていなければならない。為政者が強権によって法を一方的に押し付けたとしても、それが法として根づくとは限らない。人々が法を遵守し、法が法として成り立つには、法以前のなんらかの秩序、慣習(エートス)、共通感覚がすでに人々のうちで共有されていなければならない。

「法以前の何か」としての道徳

このことはカントの『判断力批判』で問題になっていたように(第1回参照)、理由=理屈の秩序に属するものでもない。合理的な説得によって誰かを法に従わせることができたとしても、それが可能になるのは、そのような準備ができていた者のみである。法に従うことにとって法の合理性を理解することは必須ではなく「法以前の何か」があらかじめ人々に共有されていなければならない。

道徳の起源を問うことはまさにそうした「法以前の何か」に分け入ってゆくことにほかならない。善悪の観念は、小さな子どもでも有しているように、法に反しているか否かを判断すること以前に獲得されるものだからである。フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900年)の『道徳の系譜学』(1887年)はおそらくそのような問いを、現代の哲学にとってもっとも鋭く挑発的に突きつけた書物のひとつだろう。

  • 【新刊】バラの世界
  • 【新刊】ツァラトゥストラはこう言った
  • 【新刊】異国の夢二
  • 【学術文庫】2023年7月新刊
  • 【選書メチエ】2023年7月新刊
  • 【新刊】新版 紫式部日記 
  • 【新刊】妖怪学とは何か
  • 【新刊】人間非機械論
  • 中華を生んだ遊牧民
  • 室町幕府論