“愛し合う二人” どう表現する?
どの業界においても、今までになかった新しいポジションが受け入れられるまでにはそれなりの時間を要するのではないかと思う。
私はインティマシーコーディネーターという仕事をしているのだが、それは2年半前に日本の映像業界に導入された職業だ。2年半を長いと考えるか、短いと考えるかは人それぞれだが、私にとってはどちらかというとまだまだ2年半という感覚。この職業が十分に理解され、受け入れられるまでにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
インティマシーコーディネーターとは、映像制作において、インティマシーシーンと呼ばれるヌードや性的な描写のあるシーンで、俳優の身体的、精神的な安心安全を守るために、俳優のできること/できないこと、やりたいこと/やりたくないことを確認し、監督の求める演出や表現を最大限実現できるようにサポートをするスタッフだ。

例えば、台本の中に“愛し合う二人”というト書きがあったとする。ト書きというのは、台本上で登場人物のセリフ以外の行動や心情を言語化したものだ。“愛し合う二人”。その前後の描写にもよるが、この言葉を聞いて“セックスする二人”を想像する人は少なくないだろう。だが、その二人が相手のどこに触れ、どのように体を重ね、どのように “愛し合う”のか、ト書きを読んだ人が思い描く二人の姿は同じだろうか。
監督が思い描く表現と俳優が思い描くお芝居や動作が細部まで同じという可能性はとても低いだろう。監督は、行為のどのタイミングを切り取りたいのか。前戯中なのか、挿入中なのか。
そもそもキスだけの可能性もあれば、強く抱きしめているだけの可能性もある。服や下着は脱いでいるのか。キスをしながら? 体位や手の位置は? 感じ方は? 声は? など、この“愛し合う二人”というト書きを明確にするためには細かい具体的なイメージを監督から引き出さなければならない。
そして、監督から聞き出した情報を俳優に伝え、それらの表現をすることが可能なのか、不安や疑問はないかを確認する。何ができて、何ができないのか、どこまで肌や体のラインを露出することが可能なのかなど、プレッシャーのない環境で細かく丁寧に確認し、同意を得る。
監督にとっての理想の表現に、俳優が不安や抵抗を感じている場合は、俳優ができる範囲の中でどのような見せ方ができるか提案し、監督とともに考える。
俳優同士はもちろんのこと、周りにいるスタッフにも配慮し、同意を得たことしか撮影時に行われないように、より安心し、集中してお芝居ができるように、クローズドセットという必要最小人数で撮影するスタイルをサポートする。それがインティマシーコーディネーターの仕事だ。