直木賞作家・西加奈子さん初のノンフィクション『くもをさがす』。鮮やかな黄色のカバーを外した表紙には、両親と子どもであろうイラストや「I LOVE MAMA」「MAMA」「YOU」と書きたかったであろう「VOU」といったメッセージが描かれている。
これは、西さんのお子さんが書いたものを表紙にしたものだという。

『くもをさがす』の表紙に入っているイラスト。西さんのお子さんが実際に描いたものだ イラスト提供/西加奈子

がんをはじめとして、「誰かの世話」に従事している人が病気になったとき、病気になった本人が罪悪感を抱いてしまうことがあるという。なによりも自分の治療に優先していいはずなのに、「子どもの世話ができない」「家事ができない」と感じてしまう。そんなときどうしたらいいのか。周囲はいったい何ができるのか。

作家の西加奈子さんは、2019年から家族で滞在していたカナダで、2021年の夏に「トリプルネガティブ乳がん」という診断を受けた。初のノンフィクション『くもをさがす』には、その治療の過程や(コロナの陽性にもなってしまう)、そこで感じたことなどを中心に、西さんの全力の言葉が綴られている。そこにあるのは「幸せとはなにか」というメッセージだ。

本書刊行を記念したロングインタビュー第1回では、告知をうけ「まさか私が」と思ったときから、本書を執筆した経緯を伺った。抗がん剤のあと、両乳房全摘手術を受けることとなった西さんに、第2回では「自分の身体」に向き合い、乳がんサバイバーの看護師さんからの言葉を機に身体を愛するようになった経緯を、そして第3回ではそんな看護師さんをはじめとして、日本とは大きな違いがあるカナダの治療だったからこそ得たものを語っていただいた。

ロングインタビューの最終回は、当時お子さんが4歳だったころ、西さんが感じたことや周囲に救われたこと、そしてがん治療の前後の「恐怖」と対峙した生き方について感じたことを伺っていく。

 

子どもを育てるのは親だけじゃない

子どもを思うとき、ありがとうやごめんね、うれしさとちょっとした寂しさと……子育て中のさまざまな感情で涙が出ることがあるだろう。インタビュー中、西加奈子さんが目に涙を浮かべた瞬間が一度あった。それはこんな質問だった。
「西さんが治療中、お子さんとはどのように接してきたのでしょうか。そしてお子さんはどんな反応でしたか?」

西さんがカナダで乳がん治療中、お子さんは4歳だった。

「抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けて驚かせるかなとか、治療中の私とは遊べなくなって寂しい思いをさせるかなとか思ったんですけど、全然心配することはなかった。私以外の周囲の大人たちがめちゃくちゃ遊んでくれて。日本では忙しかった夫もちょうど大学を卒業したところで、ずっと子どもといてくれたんですね。うちの子は私が病気だということはわかっていましたが“ママ、大丈夫?”と不安がるようなことはありませんでした。毎日おいしいごはんをたくさん食べて、たくさん遊んで、めっちゃ楽しそうやんっていうのが救いでした」

撮影/大坪尚人