父親によって意図的に編集・削除されていた『アンネの日記』。「おとうさんがおかあさんに向ける目は、からかうようであったり、ひやかすようであったりしますが、けっして愛情がこもっているとは言えません」……。『ケアの倫理とエンパワメント』で知られる英文学者の小川公代さん『ケアする惑星』第1章「"ケアする人"を擁護する 『アンネの日記』再読」を再編集してお届けします。「【前篇】母親に対する社会の「敵意」…出版された『アンネの日記』はバージョン(c)だった」「【中篇】『アンネの日記』は父親によって意図的に編集・削除されていた…浮かび上がる「家父長的」文脈」からつづけてお読みください。
書き直された「性」の記述
キャロル・ギリガンは、Joining the Resistance(『抵抗に参加する』)という最新の研究で、社会化され男性性と女性性に二分される以前の、より中性的な少女時代から、思春期を経て家父長的文化においてこの性規範を内面化する段階まで女性が経験する葛藤を追っている。
アンネ・フランクも13歳からゲシュタポに捕まった15歳までの思春期の記録を日記に残しているが、それはちょうどアンネが初潮を迎え、《隠れ家》に同居していたペーターという少年に恋をする時期と重なっている。
また、1944年3月18日の日記には「赤んぼが胃袋から出てくるんじゃない」といった知識があることや、「処女膜のことやらなにやら、すくなからぬ問題」について書いている。

ただし、性に関するこのような記述は、日記が他人の目に触れることを意識し始めたアンネが書き直したバージョン(b)とオットーが編集したバージョン(c)では完全に削除されている(*1)。
邦訳者である深町眞理子も、これらの削除部分について、「性に関するテーマをありのままに記述することはまだ一般的でなく、とくに若い読者向けの書物ではとりあつかうことができなかった」と説明している。
つまりオットーは、アンネ自身が世間から隠したいと考え書き直されたバージョン(b)を参考にしていることも理解されるべきだろう(*2)。