2023.05.12

心がけてもらいたいことは、たったひとつ

だんまり、つぶやき、語らい──その5(最終回)

2020年10月15日、コロナ禍のなか愛知県立一宮高校の生徒に向けておこなわれた講演の記録。碩学のあたたかい語りかけを単行本から抜粋、ウェブ向けに独自に再編集してお届けする(全5回の最終回)

河合隼雄先生の「ほう」

でも、相手の話を聴くというのはとにかくむずかしい。すぐ否定したくなったり、じぶんはこう思うと反対の主張をしたくなったりする。

ぼくなんかは、ひとの話を聴くのがあまりじょうずじゃない。教師をやっていると、一人ひとりの話を聴くよりも、しゃべっているほうがラクなんです。こうやってしゃべっているほうがラク。教師とはものすごく聴きベタな種族です。

だから、ぼくは学生が卒業論文の相談に来ても、半分ほど聴いたらもうだいたい相手の思っていることの想像がついて、ここで困っているんだなとわかりますから、
「それはこういうことです」
「ここで行き詰まってるんですね。問題はそこにある。そのためにはこの本を読めばいい」
とかなんとか言ってね、最後まで聴き終える前に、いろんな指示を出したりしてしまう。

むかし、ユング派の心理学者で臨床心理家でもある河合隼雄(かわい・はやお)先生と対談したときに、正直に言ったんです。

「わたしは『「聴く」ことの力——臨床哲学試論』(TBSブリタニカ)なんて本を書いたりしてきたんですけど、それはわたし自身が聴きベタだからなんです。ちゃんと聴けないから、聴くってどういうことなのか必死で考えてきたんです」

すると、河合先生はこうおっしゃいました。

「ひとつ、ええ手があるよ、ひとの話聴くのに。なにかというたら、ほうと言うことや。ひとがしゃべっている。そこで、えっ、ほう、ほーう、って言うたら、もっと話してくれる」

しかも、その「ほう」についても、

「ほう、ほうと言ったら、なんや踊りみたいなあれになるので、毎回ニュアンスを、口調を変えて、ほう、ほーう、ほお、はあ、というふうにやってみる。そしたら相手さん、しゃべりにくうても懸命に話してくれるよ」

なるほどなぁと思いました。

聴くときは、正面から聴くのがいちばんむずかしいので、なんの関心もなくてもいい、ただ「ほうほう、ほお、ほう」言ってたらいいんだ。それぐらい軽く考えたほうがいいって、河合先生はおっしゃるんですね。

じっさい、そうなんです。ほんとうに聴きじょうずな人は正面から聴かない。
それでどう思ったの?とかなんとかいわずに、適当に聴き流している。正真正銘の聴き流しでも、あるいは聴き流すフリでもいい。

たとえば、ほんとうに子どもの話をよく聴いているお母さんを見ていると、「ふーん、そうなの。いろいろあったのね」とか言いながら料理していたりする。かえってそのほうが子どもとしては正面から向かいあうより話しやすくなる。

それから、いったん聴いても「聴かなかったことにするわね」という聴きかたをされると、ひとって逆に、すごくしゃべれるようになるんですね。

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