伝説のマトリ「麻薬取締官」が明かす、密売所の潜入捜査で“同業者”に間違えられ「おんどれ、どこのモンじゃコラッ!」

ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図(2)
禁断の世界麻薬マーケットの暗部と、世界の反社がどうつながっているのか? 伝説のマトリだから書ける「人類、欲望の裏面史」、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』より、公開コードギリギリのエピソードをピックアップ!
ナルコスとは――「感覚を失わせる」という意味のギリシャ語のナルコン「narkoun」に由来する英語「narcotics」から派生したスラングで、海外ではドラッグとともに麻薬を意味するものとして認知されている。
前編記事:伝説の「麻薬取締官」が振り返る、大阪・西成でのヤクザ組織との思い出

密売所の潜入捜査で危機一髪

私が所属していた近畿厚生局麻薬取締部は通称キンマと呼ばれ、関西のヤクザからも広く認知されていた。

「キンマが来れば高くつく」

そんなことを言う組員もいた。キンマに捕まればただでは終わらないという意味合いだった。

私自身、キンマという言葉(ブランド)の重さを知ったのは捜査員1年目のころだった。

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駆け出しの私はある筋から西成のドヤの一室が密売所になっていると情報を得たことがあった。ドヤとは日雇い労働者たちの簡易宿泊所を指し、当時は高くても1泊1500円ほど、安いところであれば500円程度で泊まれていたが、密売所として使用されることがままあった。

「せっかくお前が情報取ってきたんや。捜査やろうか」

敬愛する先輩に伝えるとそんな返事があった。密売所とされる部屋はドヤの3階部分の部屋だったが、確認するとちょうど隣の部屋が空いているとのことだった。早速、部屋を借り、我々は密売所の監視を始めた。張り込みを始めて2日ほど経った時、ある一人の男がシャブを求めて、例の密売所を訪れたが、生憎の留守。すると男は向かいの部屋を訪ね、覚醒剤を売って欲しいと交渉を始めた。驚いたことにその部屋も密売所だったのだ。

「いやぁ、うちは1以下(1グラム以下)はやってへん」

ヤクザ風の売人はそう言って断ったが、何を思ったか、今度は2人して私のいる隣部屋のドアをノックする。

「なんでっか」
「兄ちゃんもモノ(覚醒剤)屋はじめてんねやろ。一発、分けてやぁ」

ドアから顔を出した私に一人がそう聞く。どうやら男は私も覚醒剤密売人だと思っているようだった。要は手持ちのシャブを分けてくれないかという直談判である。当然、こちらはしらばっくれるしかない。

「いや、シャブなんか知りませんわ」
「ほな、なんでここにおんねん」

今度は向かいの売人が凄みながらそう尋ねて来る。密売所だらけのドヤにいるのだから男の疑問はもっともではあるが、こちらも事情を話すわけにはいかない。私が捜査員だとバレればこれまでの努力が水の泡となる。

「俺がどこに泊まろうが勝手やろう!」

私がそう言い返すと、売人は「ほうか、わかったわい」と答え、その場を後にした。安心したのもつかの間、1時間ほどすると見るからにヤクザ者が3人、部屋に押し入ってきた。

「おんどれ、どこのモンじゃコラッ!」

よほどに見え透いた嘘だったのか、ヤクザたちはすっかり私が同業者だと思い込んでいた。組によって細かく島割りができている西成では断りもなく商売を始めるのは明らかなルール違反である。男らは今にも襲いかかろうかという剣幕で怒鳴り続けた。身の危険を考えれば、一刻も早くこの場を離れるしかなかった。ただし、窓から逃げ出そうにもここは3階である。高さを考えれば、危険極まりない。

私は強引に男の手を振り払うと部屋を飛び出し、玄関へ続く階段へと走った。階段を下り始めた時、追いかけてきた男らから背中に蹴りを入れられ、思わずバランスを崩す。そのまま派手な音を立て、頭と顔面を打ち付けながら段差を転がり落ちた。まさしく万事休すであった。

「お前、何してんねん」

階段下まで滑ると、覚えのある声が聞こえた。見上げると、先輩捜査員の姿があった。今回の捜査の許可を出してくれたその人である。先輩の隣にはなぜか山口組のある三次団体の若頭が立っていた。私の後に続いてきた男らも2人を見ると動きが止まった。

「何してくれてんねん。これ、うちの若いもんや!」

先輩がそう3人組に向かって言う。長く西成で薬物捜査を行っている先輩は界隈でも知られた存在だった。途端に男らに動揺の色が見える。

「ええっ! キンマでっか。えらいことしました。すんまへん、すんまへん!」

3人組はそう詫びると、そそくさとその場を後にした。

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