「金か銃か」世界に流通する約8割のコカインを支配していた、麻薬王の嘘のような本当の話

ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図(8)
禁断の世界麻薬マーケットの暗部と、世界の反社がどうつながっているのか? 伝説のマトリだから書ける「人類、欲望の裏面史」、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』より、公開コードギリギリのエピソードをピックアップ!
ナルコスとは――「感覚を失わせる」という意味のギリシャ語のナルコン「narkoun」に由来する英語「narcotics」から派生したスラングで、海外ではドラッグとともに麻薬を意味するものとして認知されている。
前回記事:<麻薬の新興勢力・ナイジェリアの影に潜む、大規模な組織——伝説のマトリ、因縁の相手の末路とは

世界の大富豪となったパブロ・エスコバル

エル・ドラードとともにコロンビアで生まれたとされるのがマジック・リアリズム(魔術的現実主義)だ。

マジック・リアリズムは主に現実と幻想が混交する作品を指し『百年の孤独』で知られるノーベル文学賞作家・ガルシア=マルケスが好んで使った小説技法である。黄金郷伝説が信じられたコロンビアだからこそ誕生した世界観かもしれない。

コロンビアではこのマジック・リアリズムを体現した男がいる。

麻薬王パブロ・エスコバルだ。

麻薬王パブロ・エスコバル Photo by GettyImages

パブロは世界最大の勢力を誇った犯罪組織「メデジン・カルテル」のボスであり、コロンビアのコカインビジネスを急拡大させた人物でもあった。実際、コロンビアからアメリカへと通じるマイアミルートを開拓させたのも彼が率いるメデジン・カルテルだった。最盛期には世界に流通する約8割ものコカインがこのメデジン・カルテルによってばら撒かれたものとされている。パブロこそアメリカを襲ったコカインの発生源と呼べる人物だった。

パブロがメデジン・カルテルを結成したのは1976年のこと。すぐさまコカイン密造に着手し、アメリカへの大規模密輸を成功させる。それはコロンビアの麻薬戦争という長い悪夢の始まりでもあった。

コカインによって豊富な資金を手にしたパブロは警察や政治家たちを懐柔し、事業を拡大。敵対するカルテルには容赦なく抗争を仕掛け、ナルコスビジネスを独占しようとした。ちなみにメデジンはコロンビア北西部に位置する都市の名で、パブロの出身地である。

彼の基本姿勢は「plata o plomo(プラタ・オ・プロモ)」だった。

直訳すれば「金か銃か」。賄賂を受け取るか、もしくは死か。パブロは自身の邪魔となる者にはこの二択を迫った。実際、買収を拒んだ相手に対しては当人のみならず家族まで脅迫、殺害するなど力で応戦した。彼の“銃”によって被害を受けた人は数千人、数万人とも言われている。

悪魔的とはいえ、コカの葉を黄金に変える魔術で巨万の富を得たパブロには嘘のような本当の話がいくつもつきまとう。

1982年、パブロは現役カルテルのボスでありながらコロンビアの国政選挙に出馬し、見事当選まで果たす。史上最悪とされる麻薬王が国会議員として実権を握るなど誰が想像できようか。さらに彼はコカインの密売によって莫大な金を稼ぎ出し、1989年には経済誌『フォーブス』で世界で7番目に裕福な資産家として紹介されている。コロンビアで最も危険とされた犯罪者が世界の経営者たちと肩を並べる。まったくもって信じ難いが、現実の話である。もはやこれこそがマジック・リアリズムという他に説明がつかない。

特に1980年代のコロンビアにとって、パブロ・エスコバルは国の命運を分けるほどの最重要人物であった。

  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大