『脳の闇』にてハラスラスメント、承認欲求、プレッシャー、正義、ジェンダーなど、様々な切り口から「脳の暗部」を浮かび上がらせた中野信子さん。インタビュー前編で「『バカ』を端的に言うならば、『快楽に流されて思考停止すること』です」と語った上で、細かく説明下さった中野さん。実は頭がよくて自信のある人こそが「ハマる」ということになりやすいともいう。

後編ではさらに踏み込んで、脳の仕組みに個体差があるのかを伺っていく。そして、誰にも平等にあるものとは。

インタビュー・文/前川亜紀

日本人の3分の1は日本語が読めない?

――ネットの記事には表層的なものが多いです。多面的な物事の一部分だけ切り取っている内容も多い。ネットの広がりとともに、「日本人の3分の1は日本語が読めない」という言説も目に付くようになりました。加えて、子供の読解力も下がっており、2018年のPISA(※)での日本の読解力の順位が、8位から15位に急落したことは大きく報道されました。

※PISA……経済協力開発機構が3年おきに実施する国際学習到達度調査。加盟国の15歳児を対象に読解力、数学的応用力、科学的応用力の3分野で行われる。2018年の日本の結果は読解力15位、数学的応用力6位、科学的応用力5位(79か国・地域の結果)だった。https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf

ご存じない方が多いかもしれないのですが、人間の脳における言語野では、音声言語の処理はそれなりにできるのですが、そもそも文字を読むようにはつくられてはおらず、他の機能を担っている場所を無理やり、文字を読むために転用しているんです。もちろん、これは個体差とは別の話ですよ。一人一人を見れば、話すよりも文章を読んだり書いたりすることの方が得意だという人は少なからずいます。人類全体の脳の進化を、進化史的にみると、ということです。

識字率の問題もあります。日本は比較的識字率が高く、江戸時代にも庶民の娯楽として書籍があったくらいですから、やや特殊な国といえるかもしれません。けれども、もうすこし時間軸を広くとり、さらに視野を拡大して世界全体を見渡してみると、歴史的には文字というのは限られた秀才や特権階級の人々しか使うことができなかった特別なものでした。

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文字の書かれた護符を飲み込むと病が治ると信じられて、秘薬として使われた例もあるなど、文字を知らない人が大多数の世界では、あたかも魔術に近いようなものとして扱われたものでもありました。

とはいえ、識字率がかなり上がった現代でも、文章を書くことはおろか、読解が苦手な人が相当数存在します。短文投稿型のSNSくらいならばなんとかなっても、何百ページもあるものを読むとなると困難であるという人は少なくありません。

撮影/大坪尚人