漁船に起きた「あり得ない事態」…突然、船員たちを死の際に追いやった「異常な出来事」

伊澤 理江

「ひっくり返る」と察した

その時だ。

一気に右傾斜が増した。

甲板長の伊藤もその瞬間、「ひっくり返る」と察した。もう脱出するしかない。2度の衝撃からたったの1~2分。こんなにも短い時間で、こんなにも簡単に船がひっくり返るはずはなかった。それなのに、あり得ないはずの事態が起きようとしている。

伊藤の先を走っていた豊田は、手すりを乗り越え船体の外側に出て、放水口のスリットに両手でつかまり、ぶら下がった。足の下は海だ。伊藤も船からの脱出に挑んだ。

新田と大道は、甲板上を駆けている時、左舷後方の漁具置き場付近で転倒したが、すぐに立ち上がった。大道は胴ノ間に通じる階段手前の手すりにつかまる。新田は目指した場所にたどり着けず、とにかく、つかめるものをつかんだ。それは左舷後方の手すりだった。

右傾斜した船を海水が一気にのみ込む。

船体が右へ、さらに大きく傾く。

その反動で第58寿和丸の左舷側が天高く持ち上がり、船員たちの体も空に向かって持ち上げられた。船内の物が崩れ落ち、物と物がぶつかり合う音が響き渡る。波の音も交じった。

第58寿和丸はひっくり返り、船員たちは一瞬にして海へと投げ出された。