その時、左舷から大きな波がドーンッと強くぶつかった。音が大きく、思わず舷窓から海面を見た。特に異変はない。すると、船長の今野多喜郎が「他の船でも当たったか」と言いながら、下の船室から上がってきた。風速は10~11メートル。その割には大きい波だと感じた。
船長はブリッジに行き、レーダーを覗いた。
すると、第58寿和丸がはっきりと映らない。
「変だな」と思い、その時刻「13時20分」をホワイトボードに書き込んだ。8倍の双眼鏡で見ると、赤茶色の船底のようなものが見える。正確に確認するため、船長はブリッジ上部の魚見台に上って見ようとした。高さがある分、見晴らしが利く。
あれは何だ?
何が起きたんだ?
魚見台で双眼鏡を使うと、錆みたいな塊は第58寿和丸だった。船体がひっくり返り、茶色い船底をさらしていた。
「とにかく、急げ。」
双眼鏡の視野内では、船尾部分の舵とスクリューのプロペラしか見えていない。第58寿和丸は、船首部分を半分以上、海面下に沈ませていた。海に斜めに突っ込んだ形になっており、傾斜は45度ほどだ。喫水線上の船体の群青色はすでに見えていない。
船団で一斉にパラ泊を始めたのは、わずか4時間ほど前のことだ。めいめいにくつろいでいた、緩んだような時間。その中で第58寿和丸だけが突然、転覆したのだ。異変を告げる無線連絡もSOSもなかった。
船長の今野は急いで魚見台を下りてブリッジに戻り、レーダーで周辺海域の監視を続けた。寿和丸船団の僚船はすべてモニターにはっきりと映っている。僚船以外の船はどこにも映っていない。自分たち第6寿和丸のパラ泊地点は第58寿和丸に最も近い。次に近いのは、別船団の第31寿和丸だ。その距離からすると、自分たちが真っ先に現場に行くべきだ。会社や海上保安庁に連絡している時間も惜しい。
船長はすぐ決断した。