58号がひっくり返った?
手元の携帯で時刻を表示させると、午後1時30分を示している。すぐ無線室の近くに行き、第6寿和丸との交信に耳をそばだてた。ほどなく、通信長は、周囲に集まっていた乗組員に向けて「スタンバイだぞ」と告げた。冷静に見えたが、通信長は涙目になっている。
勝には、状況がよくのみ込めなかった。
弟の進が乗る第58寿和丸が転覆?
朝までは、すぐ近くにいた船が?
第31寿和丸の船内で出航配置に着けというベルが鳴り響いた。
全員がそれぞれの持ち場に着く。パラシュート・アンカーを巻き上げるウィンチの動きが実に遅かった。
こんなにも遅かったか? 新田勝の頭に弟の顔が浮かぶ。じれったい。急がねばならないのに時間だけが過ぎていく。
第58寿和丸の異変は、他の僚船にも次々と伝わった。
新田勝の乗る第31寿和丸に続き、付近にいた僚船は次々とパラ泊を中止し、現場海域に急行した。
【後編】<「黒い油まみれの海」に放り出され、無我夢中で泳いだ…漁船員たちの「生死の狭間」>では、引き続き海に投げ出された漁船員たちのその後を語ります。