死を覚悟した瞬間
船が転覆する瞬間、大道は仲間4、5人が海に投げ出されるのを見た。彼らはどうしているのか。この海のどこかで、自分たちと同じように波にもまれているのか。そんなことが頭をかすめた。でも、今は他人のことを考えている場合ではなかった。大道自身が生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。この浮きのロープを手放したら、まず助からないだろう。
豊田も同じだった。
ロープをしっかりつかんでいるものの、速い潮のせいでどんどん流された。助かろうと思ったら、何かにつかまっているしかない。
「泳いでも1時間も持たない」
豊田はそう思った。生きる望みを押し潰すかのような恐怖を伴って、波は人をもてあそぶ。どうすることもできなかった。泳ぎには自信があるのに、泳げない。

豊田と大道は、球形の浮きに体を乗せているわけではない。ぶら下がっているロープを握っているだけだ。波が来ると、体はのまれる。何回も頭が全部波に入った。油が容赦なく口や鼻や目に入ってくる。ようやく顔を上げ、息を吸っても、次の瞬間にはズボンと海中に頭が没した。その繰り返しだった。
「助からない、もうここで死ぬんだな」と大道が覚悟したのは、まさにこの時だった。