2023.05.21

「黒い油まみれの海」に放り出され、無我夢中で泳いだ…漁船員たちの「生死の狭間」

伊澤 理江

見えた救命ボート

そうやって波にもまれていた最中のことだ。

大道は、転覆して船底を晒している第58寿和丸の風下に新田3兄弟の進を見つけた。

新田は細長い板に体を乗せている。その先にレッコボートがあった。

レッコボートとは動力を持つ全長9メートルの作業用小型ボートだ。まき網漁を行う際は、このボートが巨大な網の片端を持つ。本船が網を海に投げ入れると、レッコボートは大きな輪を描くように操船して魚群を網の中に追い込んでいく。ふだんは本船の後部に搭載されているが、パラ泊中は海面に下ろし、ロープに繫いだ状態で船体の後方に流している。

新田の姿を見つけた大道が思い切り叫んだ。

「レッコに行け!」

その声が届いたのだろうか。

大道が見ていると、新田は泳ぐというより、潮に流されるようにして、バタ足で真っすぐにレッコボートに向かっていく。ところが、新田に大声で指示を出した大道ら2人組はどうしていいか分からなかった。海面から顔を出すだけで精一杯だ。レッコボートは数百メートルも先にある。

こうやっているうちに、力が尽きるかもしれない。

大道の頭にはそんな考えが何度もよぎった。

そのときだ。

三角錐型の救命いかだが見えた。オレンジ色がよく目立つ。レッコボートよりはるか手前を漂っている。

あれに乗れば助かる。