「何を言っているんだ、こいつは…」転覆した漁船の仲間を懸命に捜す漁協幹部に、民放在京キー局の記者が放った「非常識すぎる一言」

伊澤理江さんの『黒い海 船は突然、深海へ消えた』が第54回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。本記事では、受賞作のなかから一部を特別公開します。

第58寿和丸。2008年、太平洋上で碇泊中に突如として転覆し、17人もの犠牲者を出す事故を起こした中型漁船の名前である。事故の直前まで平穏な時間を享受していたにも関わらず起きた突然の事故は、しかし調査が不十分なままに調査報告書が出され、原因が分からず「未解決」のまま時が流れた。

なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。

ジャーナリストの伊澤理江さんが、この忘れ去られた事件の真相を丹念な取材で描いた『黒い海 船は突然、深海へ消えた』から、船を管理する会社の事務所での、報道陣とのやりとりのシーンをお届けする。

第1回はこちら 

鳴り止まない事務室の電話

現場海域に夕闇が迫っていた頃、福島県いわき市小名浜の酢屋商店は慌ただしさを増していた。2階事務室では、電話がひっきりなしに鳴る。事故を知った新聞社やテレビ局の記者、漁協関係者、乗組員の家族……。あちこちからの問い合わせが途切れない。

社長の野崎や社員らは、いらだちを募らせていた。現場で何が起きているのか。欲しい情報がなかなか届かないからだ。乗組員たちの安否はどうなっているのか。ようやくつながった船舶電話もなかなか要領を得ない。

Photo by iStock

午後4時頃になると、関係者の出入りも激しくなってきた。社屋1階の入口には、縦に墨色で「酢屋商店」と書かれた木の看板がある。その周囲に報道関係者が続々と集まってきた。テレビ局のクルーがカメラを回し始めている。記者たちは、社屋に出入りする関係者に向けて「中の様子はどうですか?」「社長いますか?」と声を出し続けた。

社長の野崎には、状況が少しずつわかり始めていた。

僚船からの連絡によると、豊田吉昭、大道孝行、新田進の3人が救出され、4人の遺体が収容された。野崎にとって、こんな経験は初めてだ。

4年前の2004年4月、寿和丸船団の網船が八丈島西方で火災を起こしたことがある。火災発生から8時間半後に船は沈没したが、船長以下21人の乗組員は全員無事だった。それなのに、今回は得難い仲間が犠牲になっている。

他の乗組員13人はどうなったのか。

転覆なら船体が浮いているはずだ。海上保安部の救難隊がいかに早く現場に着き、船内に残された人を助けられるか。そこが勝負になるはずだ。