油で真っ黒の遺体と同じ船で帰還
午後7時ごろになると、新人の新田が船舶電話を使った。つないだ先は、いわき市の家族だ。当時の新田は20歳。電話を受けた2つ上の姉は「大丈夫だから、無事だから」と言う弟の声を聞き、「なんと言っていいか分からなかった。声に力がなかったが安心した」と地元紙の取材に語っている。
小名浜港に向かう第6寿和丸の周囲が次第に暗くなっていく。
この船に乗っているのは、助かった3人だけではなかった。現場で収容した4人の遺体も一緒だ。船内のサロンに横たえられた、4人の亡骸。小名浜諏訪神社の例大祭の日に港を出てから1ヵ月半余り。まさか、こんなかたちで戻ることになろうとは、誰も思っていなかった。こんなはずではなかった。久々の帰港の際は、陸で羽根を伸ばし、酒を飲み、家族や友人らと盛り上がり、英気を養ってまた漁に出るつもりだった。

助かった3人が過ごしたのは第6寿和丸のブリッジだ。波が音を立てて船体に当たる。慣れっこのはずの波の音が別物のように思えた。溺れかけ、油にまみれ、それでも助かった3人は疲れ切っていた。心身をすり減らした。夜になっても眠れない。眠るつもりもなかった。遺体になった仲間4人と同じ船内にいるのだ。