2023.05.26

勝手に購入した100億円の債券を「1日で売却しろ」…追い込まれた証券マンが出した「過去1番」の損失

森 将人 プロフィール

「値段の交渉はほとんどできないけど、いいな?」
「こちらからお願いしている話なんで、仕方ないです」

ぼくは自分の購入価格を伝えた。それより安くても、損失が少しでも減らせることができればいい。100億円を今日中にすべて売却するという、部長の命令に従うことしか頭になかった。

「この話、もう詳しく知ってたぞ」

ランチを終えてオフィスに戻ると、山口はすぐに投資家と話してくれた。

 

「そうなんですか?」
「ほかの証券会社が騒いでるらしいな。ミスプライスで買い取ったアホなディーラーがいるっていう噂が入ってるらしくて、笑ってたよ。嘘ついても仕方ない。そのアホはうちですって、伝えといた」
「事実ですから」
「しかもこの会社、でかい損失出すそうじゃないか」
「それは知らないです」

ぼくの驚いた表情に、山口はため息をついた。

「知らないで100億も買ったなら、お前は本物のアホだな。まあ、ちょっと待ってろ。すぐに回答くるから」

そういうと山口は、自分の名前を呼ぶ声に戻っていった。悪い決算が出ることを見越しての売却だったのだろうか。不動産会社の株価に、不穏な雰囲気は感じ取れなかっただけに意表を突かれた思いだった。

「ダメだな。業績を警戒してる。来週以降にして欲しいっていってきたよ」
「決算発表を見たいんですね」
「仕方ないよなあ。どうしても今日売るっていうなら、1円下で50億までだと。そんな買い手が証券会社にいるんだろ?」
「何でそんなこと知ってるんですか?」
「お前が業者に相談したんじゃないのか? どこの投資家も知ってるようないいぶりだったぞ」
「そんなのないですよ」

外資系証券のことだろう。会話がそのまま伝わっていた。ぼくは、デスクを思い切り叩いた。即座にクレームを入れようとして外資系証券に電話したが、アシスタントの女性に担当者の不在を告げられた。ぼく以外の全員がつながっているようだった。

「むずかしいかもしれません」

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