期限の3時まであと15分!
2時半になると、ぼくは今までの流れを報告した。木村は黙って話を聞くと、不思議そうな顔をした。
「何でむずかしいんや? 買い手はおるんやろ。その値段を叩きに行けばええのに、それもしないでギブアップするんか?」
「値段が低すぎます。50億売っても、残りの50億はもっと値下がりする可能性があります。そのときの損失は5000万円じゃ済みませんよ」
「クビになるよりええやろ? 自分の席がなくなるかもしれないんやで。それくらいの損わけないで」
「そうですけど……」
「巨額損失が本当なら、次の買い値は2円下かもしれんし、3円下かもしれんで。今よりぜんぜんええやろ。そんな見通しも持たずに、取引してどうするんや」
ぼくは何もいえずに、席に戻った。選択肢はないようだった。

「ちょっといいですか?」
山口にお願いすることにした。50億の取引を持ち掛けるつもりだったが、山口の反応は否定的だった。
「追いかけないほうがいいぞ。あの雰囲気だと、こっちが売り値を下げれば、もっと買い値を下げてくる。足もとを見てるんだよ」
「ほかに買い手がいないんで、仕方ないです」
「もっとゆっくり探せば、いい値段で売れると思うけどなあ。いい訳いって、逃げられたらどうする? 追いかけるか? ここからは1円単位で買い値を下げられるぞ」
「損益より取引優先です」
3時まであと15分しかない。ゆっくり話している時間はなかった。外資系証券から折り返しがあったのは、ぼくが損失額を試算しているときだった。
「お電話いただきました?」
ぼくは怒りを押し殺して、不動産会社の社債はどうにかなりそうだと伝えた。
「まだ残ってるんで、興味があるなら少しは用意できますよ」
「あと50億くらいですか?」
こっちの手の内を見透かしたような口調に苛立ちながらも、ぼくはどうにか相手を引きずり出せないか考えていた。