
絶対に安全だと思われていたドルが崩れ、市場は最後に残された「絶対」を失った。相場は軸のないコマのように、激しく不安定に動き始めた。プロもたじろぐ〝狂乱相場〟。何が起きても不思議ではない。
暴落の足音
アメリカの債務問題を契機に世界中で高まる米ドル不信。その先駆けが「米国内」で起きていたことはあまり知られていない。
アメリカ西部に位置するユタ州。2002年にオリンピックが開催されたソルトレイクシティを州都に持ち、スキーリゾートの一大拠点として知られる土地だ。豊かな風土と治安の良さを売りにする一方で、近年はIT産業が集積、非在来系資源として注目されるオイルシェールの産地でもある。
そんなユタ州が今年5月、〝異例の措置〟を決定した。ドル以外に金貨と銀貨を「通貨」として認める法律を制定、これを定着させて州内のスーパーマーケットやガソリンスタンドなどでドル紙幣に加えて金貨や銀貨で支払えることを目指しているというのだ。
コンビニのレジで1000円札ではなく金貨で精算している人を想像して欲しい。事の異常さがわかるだろう。言うまでもないが、ユタ州の対応は、ドル安を放置し続けるワシントン当局への「身内からの反乱」にほかならない。
「ドルはもう信じられない」
そんな不安がアメリカ国内でジワジワと広がっているのは、「財政の逼迫(ひっぱぐ)」を国民が肌身に感じ始めているからだ。
カリフォルニア州に住む伊万里穂子氏はそんな一人。彼女が勤務する裁判所は昨年度から「月に一度ドアを閉める(休みにする)ことにした」という。これは同裁判所にとって史上初のことだったが、州の財政難が深刻化、公務員の給料を支払う余裕がなくなったことからやむをえない措置として実行された。同州の中には「毎週金曜日」などと決めて、〝休業〟する裁判所も出てきているという。
それだけではない。
「市役所などは週に5日間開くことができなくなり、毎週1日は職員を無給で自宅待機させている。サンフランシスコ市役所では職員の40%がレイオフ(一時解雇)された」(伊万里氏)という。こうした公共サービスのカットや停止が全米各地に広がっていることから、米国民は一層ドル不信を強めているのだ。
ニクソン・ショックを契機に世界は変動相場制に突入、米ドルは基軸通貨として君臨し続けてきた。あれから40年。「アメリカの権威」が暴落の瀬戸際まで追い込まれている。
さらに欧州ではギリシャ危機に端を発したユーロ危機が再燃、中国の成長にも陰りが見えてきた。いま世界同時不況の警告サインがうなりを上げ始めている。一体、世界はこれからどうなってしまうのか。
「投資家がドルを売り浴びせるのは、アメリカ経済が大きく後退すると見ているから。アメリカはリーマン・ショック後に大胆な財政政策や金融政策で市場にカネをばらまいて景気を下支えしてきたが、これが効かなくなってきた。
そこへ債務問題や米国債の格下げ問題が発生し、緊縮財政へ舵を切ったため、米国経済の低迷は必至だと考えられるようになっている」(クレディ・スイス証券チーフエコノミストの白川浩道氏)
国内外から突きつけられたドルへの「ノー」に対して、オバマ大統領ら連邦政府は「米国債は安全だ」「格付け会社は2兆ドルも計算間違いをしていた」と火消しに躍起だが、それも〝無駄足〟ということ。世界は「米国債の安全性」よりも「アメリカの成長性」に疑問を抱いているからだ。