2011.09.30

福島の農業セシウム汚染「放射能と共存するしかない」

訪れた福島市の果物直売店でセシウムの数値を尋ねると、店主はそっと検査結果のメモ書きを見せてくれた〔PHOTO〕結束武郎(以下同)

---肉牛・乳牛への汚染をゼロにはできない、いかに基準値内に抑えるか。その「技術と工夫」を現地の農家・畜産家に見た

 果物畑が拡がる山裾の道をドライブすると、次々に観光果樹園や、店先に梨、桃、リンゴ、ブドウなどを並べた直売店が目に飛び込んでくる。福島市の西側に広がる吾妻連峰の麓を走る県道5号線は、約14kmにわたり「フルーツライン」の愛称で親しまれる観光スポットだ。

 例年なら今頃は、県外のマイカーや大型観光バスが列をなし混雑する。が、今年は様相が一変した。すれ違う車は地元の福島ナンバーばかりで、店に立ち寄る客も少ない。ある店で車を停めると、店主が笑顔で迎え入れ、すぐに桃2個と梨1個をむいてくれた。

「今年は天候も良かったのでとても美味しいですよ。でも、観光客は9割も減った。果物が余っても処分するのにもおカネがかかるから、店に来てくれた人には皆さんに食べてもらっているんです」

 店主はそう話しながら、
〈桃18・4ベクレル 梨17・5ベクレル ぶどう5ベクレル〉
と、記したメモを示した。

「皆さん、セシウムの数値を気にされるので、農家で行った検査結果を見せています。これは9月9日の数値。ただ『大丈夫ですよ』と言うより、数値を伝えたほうが安心するでしょ。国の基準は500ベクレルです。果物は一人で何㎏も食べるものじゃないし、大丈夫ですよね」

 一生懸命、そう説明するのである。

福島・ウクライナ・ベラルーシ現地ルポ鏡石町で乳牛を飼う菅家さん。3月の牛乳の出荷停止が家計を直撃。十分な餌を与えられなくり、3頭の乳牛を死なせてしまった

 福島県産の農産物が苦しんでいる。果物だけでなく、野菜も米も肉も牛乳も、あらゆる物が放射能汚染を疑われ、消費者離れを起こしているのだ。福島ブランドに再生の途はないのか。本誌は25年前に原発事故を起こしたロシア(旧ソ連)・チェルノブイリ周辺のウクライナ、ベラルーシに飛び、放射能汚染に対する農業政策の実態を取材した。そこで見たものは、「放射能との共存」を大前提にした農業だった。前号に続き現地ルポをお届けする。

プルシアンブルーの効果

 今回、本誌が向かったのは、チェルノブイリ原発から約50km圏にある農業エリアだ。この周辺は「中程度汚染地域」にあたる。詳細は後述するが、原発事故直後から政府の政策で様々な除染が試みられてきた。ウクライナ人のガイドが言う。

「'86年4月の事故直後、政府は広範囲の線量マップを作りました。高線量の放射能が確認された地域では、農業や酪農を中止。中程度の汚染地域では、乳牛の飼育を禁じました。セシウム137などがミルクに濃縮されやすいからです。また、汚染されていない餌を与え、家畜の体内の汚染量を下げる対策もとりました」

 ロシア政府の方針は明確だった。まず、概ね30km圏内の住民らを早急に避難させる一方、事故発生2ヵ月後までに、牛約9万5500頭、豚約2万3000頭が殺処分された。放棄された農場の面積は、ウクライナだけでも約5万7000haにもなったという。

「そして'86年6月からは、セシウムの汚染数値を低減させるため、牛などの餌として牧草を使うのはやめて、放射性物質を吸収しにくいトウモロコシで飼料を作るなど、生産段階での汚染を防止する方法を積極的に採用しました。それでも汚染された肉牛が見つかった場合は、ハムやソーセージ、ハンバーグなど加工食品にして出荷するように義務づけた。汚染数値の低い肉と混ぜて加工することで濃度が薄まるからです。牛乳に関しても、同様に加工すると放射能汚染が低くなるため、チーズなどの乳製品に加工して出荷することが義務づけられました」(前出・ガイド)

(左上)9月中旬の刈り取りを控える郡山市の田んぼ。県の予備検査でセシウムは不検出だったが、不安は拭えない
(左下)郡山市の販売店。値札のそばに放射線モニタリングの結果が貼り出されている。客が注意深く覗いていた
(右上)7月の出荷制限の影響で出荷の適期を逃した肉牛。8日に行った検査に合格すれば出荷される(鏡石町)
(右下)「ゼオライト」と呼ばれる鉱物を餌に混ぜている。セシウムを吸着し、体外へ排出する作用があるという

 これらが事故2~3ヵ月後から実施された対策で、'90年代になると、「プルシアンブルー(ヘキサシアノ鉄酸塩)」という薬品が使われるようになった。これはドイツの研究機関が開発したもので、牛に飲ませるとセシウム結合体を体外に放出する効果があるとされる。ただ、高価なので、ウクライナの貧しい村では「粘土質のミネラル結合体」を牛に舐めさせた。プルシアンブルーに比べると効果は低いが、セシウムを吸着して外に放出する一定の効果があるという。

 セシウムなどの放射能汚染から農産物を守るために、土地の改良も行われた。ウクライナ人の農家がこう説明する。

「表土を除くという除染方法は、農地には不適切でした。費用が嵩む上、土壌の肥沃さを失ってしまう。しかも、汚染土をどこかに埋めなければならず環境問題を引き起こす。そこで、汚染された土地では、セシウムを吸収しにくい作物を育て、やせた土地にならないように耕しながら、ゆっくりとセシウムの数値が低下していくのを待つのです。こうした土壌処理を〝徹底改良〟と呼んでいます」

 例えば、石灰を主成分とした肥料を追加することで、セシウム137、ストロンチウム90の植物移行を半減できる。要は、放射線量を何とか基準値以内に抑えこんで、農作物を作り続けようという発想なのだ。ベラルーシの農家に聞くと、放射能対策を隠す様子はなかった。

「検査を通過しないと出荷できないのだから、言われた通りにやってきた。いろいろ工夫してちゃんとクリアしている」

 むしろ、セシウムを減らすテクニックに胸を張る。ある畜産農家もこう笑った。

「あるもの(放射能)はしかたがない。付き合っていくしかない。25年間やってきて大丈夫なんだから、問題ないさ」

 流通・販売も「放射能汚染ありき」の態勢をとっている。ウクライナでもベラルーシでも、市場やマーケットごとに「ラボ」と呼ばれる検査室が設けられているのだ。ここには専門のスタッフが常駐し、すべての食品の汚染を検査してから販売している。買い物中の主婦に、不安はないかと尋ねると、
「毎日検査しているんだから、心配なんかないわ。あたりまえでしょう」
と、陽気に答えた。

(左上)ウクライナにあるイヴァンコフ市の中央市場。地元の主婦たちが世間話をしながら買い物を楽しんでいた
(左下)市場のラボには6人の研究員が常勤し、販売される食品を検査している。左の放射能測定機にサンプルを入れ、測定を行う
(右上)ウクライナでは今でも牛は定期検査を受ける。線量が高い牛には汚染度を低減させる対策が講じられる
(右下)キノコやベリー類などの山の幸は、25年経った現在でも、基準値を超えることがある。注意を喚起するチラシが市場に貼ってあった
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